[131] もはや日本は「貿易立国」ではない。国のかたちは大きく変わった。「投資立国」として新興アジアの成長を取りこめ! |
2012年 8月 05日(日曜日) 21:43 |
先日、経営塾フォーラム(中原秀樹会長)の講師に招かれ、拙著『資産フライト』について話をさせてもらった。出席者は、日本チェーンストア協会会長の清水信次氏、ホリプロ最高顧問の堀威夫氏など、それぞれの事業をとおして日本経済をつくってきた方々だから、かなり話しづらかった。ただ、みなさん、私よりも年齢も上、キャリアも上の方々ばかりで、日本の今後については一家言があり、そのことを逆に聞かせてもらうことができ、これは非常にありがたかった。 今日まで私は、富裕層というか、ビジネスの成功者の取材を数多くしてきた。そうして思うのは、どんなかたちにせよ、誰もがこの国をとことん愛しているということだ。 功成り名を遂げた人たちは、みな日本が大好きである。そうして、自分を育んだ日本という国に感謝している。 したがって、世間で通説になっている「お金持ちほど愛国心がない」ということは嘘である。現在、格差社会が進むなか、資産フライトをする富裕層に対して「非国民」呼ばわりする声があるが、それは大きな誤解と言うしかない。
「資産フライト」は日本にとって不幸なことなのか?
私が『資産フライト』(昨年10月)を出してから、じきに1年になろうとしている。この間、この現象はさらに加速し、国会審議でも取り上げられるようになった。野党は常に弱者の味方だから、「資産フライトをするような富裕層の課税を強化せよ」と政府に迫っている。 そんななか、先週は、日本人個人投資家に資産フライト先として人気があるオフショアファンド「フレンズプロビデント」が、今後、日本人の契約を受け付けないことを発表した。これは、悪徳仲介業者の暗躍でトラブルが激増したためだ。いずれにせよ、一般層までが資産フライトをする。そうして将来の危機に備える。こういうことが加速することは、日本にとって非常に不幸なことだと思ってきた。 そこで、今回の講演を機に、私は改めて、資産フライトについて考え直してみることにした。そうして、痛感したのが、日本はもはや「貿易立国」とは呼べず、「投資立国」と呼んだほうがいいということだった。これまで私たちが思ってきた日本という国のかたちは、すでに大きく変わっていたのだ。以下、そのことを書き、今後、日本はどうすべきかを、ここでじっくり考えてみたい。
資産フライトを非難するのではなく、積極的に推進すべき
今回、改めて資産フライトという現象を見つめなおしてみると、日本はこれまでの日本とは大きく違っていた。だから私たちは、この新しい国のかたちを認識することから未来を設計していかなければならない。というのが、私がいま、第一に主張したいことだ。 いまの日本は、海外投資なくしては存在できない国になっている。「海外なくして日本なし」の「投資立国」になっているのである。これが認識できれば、企業や個人が海外に出ていくこと、つまり空洞化を止めようなどとすることは、まったく無意味だ。むしろ逆に奨励し、彼らが海外で稼いだ富を日本に還流させる。そういう政策が肝要になってくる。つまり、資産フライトを非難するのではなく、積極的に推進すべきなのだ。
『資産フライト』で私が描いたこと、主張したこと
では、なぜそのように考えたのか? 以下、順を追って説明していきたい。 まず、『資産フライト』で私が描いたのは、最近は富裕層ばかりか一般層までが資産フライトをするようになっているという現実だった。その原因はいくつかある。まず、国家の莫大な借金による財政破綻への懸念。そしてずっと続く経済低迷。さらに、日本の金融が海外とは異なるガラパゴス状態にあること、などだ。日本はいまや富裕層ばかりか一般層にとっても希望のない国になっていて、それが資産フライトを加速させている。 富裕層ばかりか、一般層までが見限るような国。そんな日本がこれ以上進んでいっていいのか? このままでは日本はどんどん衰退していってしまう。そこで、金融を鎖国(ガラパゴス状態)から一日も早く解放し、税制をフラット化して、増税よりも減税を優先し、経済・英語教育をきちっとやっていくこと。さらに、現在の官僚主導の政治体制を打破すべきと、私はあの本のなかで主張したのだった。
時代錯誤としか思えない自民党の「国土強靱化法案」
この考えはいまも変わらない。変わらないばかりか、現在の日本の政治状況を見るにつけ、ますます強まっている。日本の政治は迷走を続けるだけで、このままでは日本は本当に衰退してしまうという危機感が日毎に募る。 野田政権は増税法案を自公との談合で決め、消費税増税と併せて所得税、相続税などの増税も決定的になった。また「消費税増税は全額社会保障に充てる」としているが、自民党は時代錯誤としか思えない「国土強靱化法案」をつくり、コンクリート(公共事業)を復活させようとしている。 国土強靱化? そんなバカな?と、耳を疑う。 いまさら高速道路やハコモノをつくってどうするというのだろうか? そんなことに200兆円もつぎ込むというのだから、あきれ果てて声も出ない。 はっきり言って、こういうことを言いだす政治家、官僚、経済学者などの一部は、現在の日本という国のかたちをまったく理解していない。彼らの頭のなかにある日本は、昔の日本、20世紀の日本、いまは存在しない日本なのだ。21世紀になって、世界は激変しているというのに、日本だけは変わっていないと、彼らは思い込んでいるのだろう。 だから、財政破綻を防ぐためには増税をし、デフレ脱却のためには金融緩和をする。経済成長と雇用を増やすためには公共事業をやり、格差を是正するためには富裕層からもっと税金を取ればいいと考える。 この単純すぎる発想は、一見すると、ものすごく日本のことを考えているように見える。彼らはみな憂国の念に動かされているから、愛国者として歓迎される。しかし、彼らの言うことを聞いていたら、日本は絶対に再生しない。気持ちはわかるが、方法が間違っているからだ。
2012年上半期、半期ベースでは過去最大の貿易赤字を記録
それでは、いまの日本がどういう国になっているか?最近の状況から見てみたい。最近のニュースで、私が「やはり」と思ったのが、財務省がこの7月25日に発表した2012年上半期(1~6月)の貿易統計(速報)だ。それによると、輸出額から輸入額を引いた貿易収支は、なんと2兆9158 億円の赤字になっている。これは、半期ベースでは過去最大の赤字である。これまで貿易赤字が過去最大だったのは1980年上半期の2兆6217億円。この赤字を、今年は上回ってしまったのである。 今年の上半期は、輸出は前年同期比1.5%増の32兆5956億円と、3期ぶりに増えている。ただ、輸入も同7.4%増の35兆5113億円と増えたため、収支として赤字になってしまったのだ。この状況から言えるのは、もはや日本は貿易黒字国ではないということだろう。 かつて「貿易立国」と言われた日本国は、いまや貿易では経済が成り立たない国になっているのである。
貿易赤字国になる傾向は、昨日今日始まったことではない
とはいえ、今回の貿易赤字の最大の原因は、去年の東日本大震災にある。あの大震災で福島第一原発の事故が起こり、その後、各地の原発を停止させたからだ。この影響は大きく、日本は液化天然ガス(LNG)の輸入を急増させるしかなかった。その結果、LNGの輸入が前年同期比で49.2 %も増えてしまい、貿易収支は一気に赤字化してしまったのである。 では、今後、原発を再稼働させれば、貿易赤字は解消できるのではないかと思われるかもしれない。しかし、実際には大震災が起こる前から、日本の貿易黒字は減り続けていて、赤字転落は目前だった。 つまり、日本が貿易収支の赤字国になる傾向は、昨日今日始まったことではなく、今回の原発稼働停止で一気に顕在化したにすぎないのだ。
日本の輸入依存度は一般の認識よりずっと低い
すでに、「日本の本当の姿は貿易立国ではなく、じつは内需大国だ」という見方はされてきた。バブルが崩壊し、デフレ不況が長期化してからは、「内需拡大」が毎年のように叫ばれてきた。 昨年、TPP問題で賛否の議論が沸騰した際にも、このことが強調された。「日本は輸出で食っているわけではない」「日本経済は貿易で成り立っているのではない」というのだ。これは、日本の輸入依存度が一般の認識よりずっと低いことからきていた。 たとえば、総務省が発表した2009年のGDP(国内総生産)に占める各国の輸出依存度を見ると、韓国が43.64%、中国が24.48%、ドイツが33.35%であるのに対し、日本は10.71%に過ぎない。つまり、貿易立国というなら、韓国、中国のほうがそう呼ぶのにふさわしいのだ。G20の国々のなかで日本より輸出依存度の低い国は、7.41%のアメリカと9.7%のブラジルだけである。
日本は加工貿易国、貿易の稼ぎで食べている国
とはいえ、戦後の日本経済の成長は、貿易主導であり、内需主導ではなかった。私は小学校高学年で「日本は加工貿易国」と習った。かつての日本は間違いなく貿易立国であり、貿易で稼いだ黒字で、アジアでたた一国欧米先進国の仲間入りを果たしたのである。日本経済は貿易黒字で成り立っていて、その黒字で私たちの暮らしは豊かになったのだった。 「日本は原料を海外から輸入し、それで工業製品をつくって海外に輸出して稼いでいる国です。そういう貿易を加工貿易と呼びます。私たち日本人は、そうして稼いだお金で、海外から食べ物を買って生きているのです」と、社会科の教師は言った。 したがって、いくら内需大国とはいえ、貿易で赤字が常態化すれば、原材料やエネルギーを買えなくなるばかりか、食糧が買えなくなり、日本は行き詰ってしまう。
貿易収支が赤字でも経常収支の黒字を確保
では、今日、貿易赤字を出しながら、なぜ、この問題が深刻化しなかったのだろうか? それは、メディアの認識の甘さ、政治家や官僚の時代錯誤もあるが、日本がまだ経常黒字国だからだ。貿易収支が赤字でも、日本はまだ経常収支の黒字を維持しているのである。 経常収支とは、国全体の収支で、家庭にたとえれば家計だ。これが黒字なら、家計は健全と言えるように、経常収支が黒字なら、国内でいくら借金が積み上がろうと、外から見た日本は健全なのである。 経常収支(current account balance)は、次の4つの経常取引の収支を総合したものである。 1、「貿易収支」trade balance:モノの輸出入の集計。 2、「サービス収支」services balance:海外旅行先で買い物をしたり食事をしたりして使われた額の集計を、日本のサービス収支の赤字に計上したもの。 3、「所得収支」(investment)income balance:企業が海外の工場建設などや海外証券投資で得た収益から、日本国内で外国企業などが得た利益や報酬などを引いたもの。 4、「経常移転収支」unilateral transfer balance:開発途上国への経済援助や国際機関への拠出金など。 ただ、単純化すると、経常収支とは、貿易収支と所得収支の二つの大きな収支のバランスとなる。つまり、いまの日本は、貿易収支は赤字だが、それを上回る所得収支の黒字があるのでトータルで経常収支が黒字になっている「経常黒字国」なのである。
日本経済の根本的な構造転換が起こった 次の二つグラフは、経常収支の推移をここ15年間で見たものだ。最初のグラフ(SankeiBiz)を見ると、2005年に貿易収支(青い線)が所得収支(赤い線)とクロスしているのがわかる。ということは、2005年までは貿易収支が日本の経常収支の主体だったが、その後は所得収支が主体になったということである。次のグラフも同じような経常収支(国際収支)の推移を表わしたものだが、これを見ても2005年から貿易収支を所得収支が上回ったことがわかる。 (図: SankeiBiz)
つまり、2005年から、日本は「貿易立国」というより「投資立国」に変貌したのだ。貿易で稼ぐより、海外への投資から得られた配当や利子が日本に戻り、それで全体の収支が黒字になっているのである。 しかも、長く黒字だった貿易収支は、2011年には赤字になってしまった。今年もこの傾向は変わらない。となると、いまの日本は「投資立国」と言うしかないわけだ。これは、日本経済の根本的な構造転換である。次の財務省国際局の「経常収支の推移」グラフを見れば、このことがより鮮明にわかる。貿易収支の黒字は毎月縮小し、ついに赤字になった。それに反して、所得収支の黒字は毎月コンスタントに続いている。
「海外の子会社が日本の親会社を支えている」という構造に
日本企業は、いま、どんどん海外に出て行っている。大企業はもとより、二次下請け、三次下請け企業も出て行っている。出て行かなければ、縮小する国内市場で「座して死を待つ」しかないからだ。日本の海外現地法人数は毎年増え続けている。そうしていまや、早く出ていった企業ほど成果をあげ、そういう企業では「海外の子会社が日本の親会社を支えている」という構造になっている。これは、日本国全体に言えることで、いまや日本は海外のあがりで食っていると言っていいのだ。「ジェトロ世界貿易投資報告2011年度版」を見ると、日本の上場企業の営業利益は、すでに2010年の時点で、海外(53.1%)が、国内(46.9%)を上回っている。 ここ十年ほどで、日本企業の海外直接投資は大きく拡大した。2001年からの10年間で2.8倍にもなっている。しかも、2005年からの5年間では、一気に倍になっている。2005年に3882億ドルだったものが2010年には8305億ドルになっている(ジェトロ「日本の国・地域別対外直接投資残高」)のだ。
2011年からの超円高で、一気に海外投資が増えた
次のグラフは、財務省発表の対外直接投資の推移を表したものだ。「流出」は日本企業による海外企業に対する直接投資、いわゆる対外直接投資を指している。「流入」は、海外企業による日本企業に対する直接投資で、これは対日直接投資と言われる場合が多い。
そこで、「流出」(対外直接投資)を見ると、2008年にピークを迎え、その後、2009年、2010年と2年連続で減少したものの、2011年になると大幅に増加している。これはリーマンショックで一時的に落ち込んだが、2011年からの超円高で、一気に海外投資が増えたことを示している。折しも2011年から欧州債務危機が顕在化し、その影響も出て、今年は日本企業の海外M&Aが活発化している。 こうした企業による海外投資の拡大と、富裕層から一般層に至る資産フライトの加速化は軌を一つにしている。資産フライトの正確な統計はないが、超富裕層はおおむね2006年ごろまでに資産フライトを終え、その後プチ富裕層、一般層が追従。2008年のリーマンショックで一時的に減ったが、円高とともに再び増加している。いまや、香港のHSBCには毎日数10人の日本人が訪れて口座を開いていくという。
空洞化や資産フライトが国内雇用を減らしているのか?
企業の海外投資の拡大と個人の資産フライトは、国内産業の空洞化を招く。国内雇用が減り、技術も流出する。また、国の税収も減るので、日本はますます衰退するとされる。そのため、いまや批判の声が絶えない。この時代、日本を出て行くとなると、企業も個人も戦争中の「非国民」のような扱いを受けるようになったのだ。 しかし、本当に空洞化や資産フライトが国内雇用を減らし、国の税収を減らしているだろうか? これまでのところ、その相関関係に関して明確なデータはない。むしろ、日本企業が対外投資活動をストップすれば、逆に日本の衰退は加速してしまうと、考えたほうが現実的だ。すでに「投資立国」になっている日本の国の構造を見れば、むしろ空洞化によって国は救われていると言っても過言ではないだろう。 それなのに、一部の政治家や政府当局は、この国のかたちを無視して、まるであべこべの政策をやっている。その一つが増税だ。とくに法人税の減税を見送り、所得税や相続税を上げるというのは、まったくどうかしている。この時代、政治にイデオロギー色はなくなったが、その分、左翼も右翼も同じ主張をするようになった。すなわち、「国民の生活が第一」だから、増税して社会保障、年金財政をもたせ、さらに金持ちから富を取り上げて分配せよと言うのだ。
国会で取り上げられた資産フライト、タックヘイブン問題
富裕層増税については、すでに国会で次のような答弁があった。3月23日の参院予算委員会で共産党の大門実紀史委員が、安住淳財務相、野田佳彦首相に「富裕層や、さらに、その上の富裕層に対して課税を検討すべきでは」と迫ったのである。 これに対して、安住淳財務相はこう答えている。 「総理は分厚い中間層の復活と言っているが、その背景には、所得が高くなっている人の比率が高くなる一方、300万円以下の層も増えている。 結果として、中間層が細っていく傾向にある。今回は、(所得税率)40%の最高税率を45%に上げた。今後こうした所得の乖離、資本主義だけに頑張った人がある程度の富を受けるのは当然だが、累進税率と所得再配分は議論するべきだ」
すでに日本企業も経営者もタックスヘイブンに移住
安住財務相がおざなりに「議論すべきだ」と答えたことで、大門氏は調子づいて、「増税すると海外へ逃げると、資産フライトが脅しのように言われる。各国での税の引き下げ競争は首を絞めるだけだ」と言い出した。このとき、「資産フライト」という言葉が初めて国会で使われたが、大門氏の頭には、おそらく、当時報道されていた具体的な資産フライトの事例があったものと思われる。
すなわち、ファーストリテイリング創業者の柳井正氏が、530万株を配当税のないオランダに移したこと。光学機器メーカー・HOYAの鈴木洋CEOがシンガポールに拠点を移したこと。また、ベネッセHDG会長の福武総一郎氏がニュージーランドに居住していることなどだ。 このように、いまでは日本の富裕層は、タックスヘイブンを上手に利用するようになっている。 それが気に入らない大門氏は、さらにこんなことを言いだした。 「ペーパーカンパニーが増えても野放しになっている。それに比べ、米国はタックスヘイブンには厳しく、(税率)31.5%以下をタックスヘイブンとみなして課税をする。米国はそれくらい厳しい。海外の子会社の所得にも一定的に課税している。また、知的財産所有権をタックスヘイブンに移転すると上乗せ課税し、産業空洞化対策している。これで企業の海外移転にブレーキをかけ、海外に移転する経費を損金に認めない。一方、海外から国内に移した場合には、税額控除する。日本だけが海外に逃げると言って、税の引き下げ競争をやっているが、米国はここまでしている」 誤解と思い込み?捏造までして政府を追及するばかばかしさ
また、アメリカの課税が厳しいなどということはない。むしろ、海外に出てしまった企業が利益を国内に戻せば税金を免除するような措置(本国投資法)を積極的に行っている。また、アメリカは日本と違う「属人主義」の国で、アメリカ人は世界どこにいても連邦税を払うことになっている。日本の税制は「属地主義」に基づいているから、いったん日本の居住者でなくなれば、国に税金を払う義務はなくなる。 共産党というのは、こういくことをろくに調べもしないうえ、捏造までして国会答弁をする政党なのだろうか?「日本だけが海外に逃げると言って、税の引き下げ競争をやっている」と大門氏は言ったが、それはまったく逆だ。日本は、世界一高い法人税や相続税、贈与税を維持し、さらに、世界で4番目に高い所得税最高税率を引き上げようとしているのだ。
与党・民主党も大阪維新の会も共産主義が好き?
日本という国のかたちがなにもわかっていない政治家の典型が、この大門氏である。そして、野田首相も、この大門氏の指摘に「米国の取り組みなど、たいへん参考になった。今後の議論に活かしていきたい」と答えたのだから、あきれるしかなかった。 政権与党の民主党がこの状況だから、いまや、企業も個人も政治を見はなして、国を出て行くしかなくなった。それでも、彼らは日本に対する愛国心が強いから、所得収支として海外で得た利益をちゃんと日本に戻している。 しかし、「金持ちはケチ」「金持ちほどうまく税逃れをしている」という通説に支配され、大阪維新の会まで、富裕層から富を取り上げて再分配する政策を打ち出している。橋下徹・大阪市長は、相続税100%を示唆し、資産課税も言いだしたうえ、財源無視のベーシックインカムも導入するという。 これでは、日本は私有財産を否定する共産主義国家になってしまう。
空洞化で国内経済が衰退するというのは間違い
ではここで、話を戻して、空洞化論の間違いを指摘しておきたい。 次のグラフ(産経新聞から)は、対外投資と国内設備投資をグラフ化したものだが、この二つが連動しているのがわかる。対外投資が増えれば国内投資も増えるのだ。つまり、海外で稼いだマネーを国内に戻し、企業はそれを研究・開発と設備投資に回している。対外投資はリーマンショック後に年間で10兆円減ったが、2011年には6兆円の増加に転じた。今後、これにつられて国内設備投資も回復していくだろう。国内で設備投資が増えれば、雇用も増える。つまり、空洞化が国内雇用を奪うというのは誤解なのだ。 (図:産経新聞) ただし、海外で安く調達できる単純労働のような職は増えない。サラリーマンやOLの職も増えない。今後、日本で必要とされる人材は昔とは異なったスペシャリスト人材である。そういう雇用は、今後、国内で増加していくということだ。 このように雇用の面から見ても、空洞化、資産フライトが国を衰退させるというのは間違いだ。衰退させるのは、この流れを無理にせき止めようとする政策である。何度も書くが、いまの日本は、海外投資や資産フライトからのリターンがなければやっていけない国になっているのだ。 とすれば、取るべき政策は、増税でも富裕層課税でもない。まして、国土強靭化のような国内インフラの整備でもない。海外で稼いだマネーをできる限り日本に還流させる。そうした政策を大胆に実行する以外にない。国の構造の変化とともに、考え方の大変換も必要なのだ。
世界からタックスヘイブンをなくすことはできない
ところで、タックスヘイブン(オフショア)をこの世界からなくすことは不可能だ。なぜなら、タックヘイブンは必要があってつくられたからだ。国家主権の源泉である徴税権を侵食するこのシステムは、グローバル経済になってますます存在意義を深めている。マネーロンダリングなどの犯罪は例外として、グローバル企業の取引は、タックスヘイブンなしでは成立できないようになっている。 そこで、タックスヘイブンを介して、いかに海外収益を自国に戻させるかが、先進国共通の課題と言っていいだろう。現在、アメリカと欧州主導でタックヘイブン規制が進んでいるが、これは表面上のことに過ぎない。
「大手企業24社、英ケイマンに子会社!節税目的か」記事
ウェブでタックスヘイブンを検索していくと、最近では「ZAKZAK 」(6月30日)の経済ニュースが「大手企業24社、英ケイマンに子会社!節税目的か」という記事を載せている。それによると、オリンパスの損失隠し事件に登場するなどなにかと注目を集めている英領ケイマン諸島には、少なくとも24社の日本企業が子会社を持っているという。 節税目的としている企業が多く、このうち13社が金融関連企業だ。自己資本強化のため証券を発行する会社などを置いているのが、三井住友フィナンシャル・グループといった銀行勢。保険のT&Dホールディングスは「日本などで資産運用するファンドの管理会社」を設置している。野村ホールディングスも「証券投資の会社」を置いている。 そのほか、住宅設備大手の住生活グループ、自動車用電池のジーエス・ユアサコーポレーション、ソーシャルゲームのディー・エヌ・エーなど持ち株会社を持っている。この24社の子会社は、日本の親会社が50%以上を出資し実質的な経営権を握っている。上場企業は海外子会社をすべて開示する義務はないため、これら以外にも事例は多いとみられ、実態は24社を上回るという。 【ケイマン籍の子会社を持つ上場企業】
ケイマンには日本の個人マネーが15兆円超流入している
また、6月25日には、同じくケイマンに、日本から個人マネーが15兆円超流入しているという報道があった。これは、財務省の統計によるもので、日本からケイマンに証券投資のかたちで流入した資金が2011年に15兆3603億円に上ったという。証券投資のかたちというが、具体的にはオフショア籍のヘッジファンドの購入資金である。日本からの証券投資額が最も多いのは米国で約94兆円で、ケイマンはこれに次ぐ2位である。 このように、企業も個人もオフショアを利用して投資を行っているので、その投資で上げた利益をいかにして日本に戻させるかを、国は考えなければならない。
「租税特別措置法」と「外国子会社配当益金不算入制度」
日本では、1978年に「租税特別措置法」がつくられた。この法律により、日本の会社が50%以上の資本金を出しているタックヘイブン法人の株を10%以上持つと、日本の所得と合算して法人税申告をしなければならなくなった。これが、日本のタックスヘイブン対策のはじまりである。ただ、これは規制であって、流出資本の国内還流を狙ったものではない。「一人で100%所有のタックスヘイブン法人をつくったら所得税を100%取るから節税にならずムダですよ」と言っているに過ぎない。当然、抜け穴もある。 ところが、2009年に「外国子会社配当益金不算入制度」というものが導入された。これは、内国法人(日本国内に本店または主たる事務所を有する法人)が、外国子会社から受ける配当などの額について、その配当などの額の95%相当額をその内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入しないこととする(=非課税所得とする)制度。
(図:http://www.cast-law.com.hk/incorporation/subsidiarymerit.html )
簡単に言うと、タックスヘイブンで上げた利益をなるべくたくさん日本に戻してほしい。そうしたら、5%だけ税金を払ってくれればいい。残りの95%は自由に使ってください、という制度だ。これは規制ではないので、こうした制度こそが、いまの日本の国のかたちに合っていると言えるだろう。上の図二つが、その仕組みである。
制度実施後、多くの海外マネーが日本に戻ってくるようになった
「外国子会社配当益金不算入制度」の実施により、実際、多くの海外マネーが日本に戻ってくるようになった。富裕層のなかには、この制度を利用して、東京にできたタワーマンションに投資したりする者が現れた。いま東京にある新築の高級億ションには、こうしたマネーが流れ込んでいる。 もちろん、日本の親会社の運転資金、設備投資資金としても戻ってきている。
上のグラフが示すように、いまや日本企業の海外現地法人の利益額も利益率も拡大を続けていて、利益率にいたっては国内を大きく上回っている。これが、この法律導入後に国内に還流しだしたのである。それを示すのが、次のグラフだ。制度導入前と後を比較したものだが、導入後に「本邦への配当還元」が大きく伸びているのがわかる。
新興アジアに流れ込む日本企業の投資マネー
それでは、日本企業の海外直接投資マネーと富裕層などの資産フライトマネーは、現在、どこに向かっているのだろうか? 新興アジアである。ケイマンなどのオフショアは経由地であり、いま日本の投資マネーの多くは、新興アジアに流れ込んでいる。 中国の成長がスローダウンしたいま、向かうのは、タイ、ベトナム、カンボジア、インドネシア、マレーシア、フィリピン、バングラデッシュ、そしてインドである。やっと開国したミャンマーにも向かっている。 ASEAN諸国にインドやバングラデッシュを加えた新興アジアは、21世紀最大の成長地域と目されている。この新興アジアに、香港とシンガポールというアジアの二大オフショアをとおして、日本のマネーが流れ込んでいるのだ。 新興アジアをにらんで、本社機能の一部を海外に出す日本企業も多くなった。2011年9月、パナソニックは国内にある部品や原材料の調達・物流本部機能を2012年4月にシンガポールに移転すると発表した。前述したように、HOYAの鈴木洋最高経営責任者(CEO)が自ら仕事の拠点をシンガポールに移し、日産自動車もインフィニティ事業部を丸ごと香港に移している。
(図:週刊プレジデント)
「人口ボーナス」による経済成長が約束されている地域
ここで、国内市場と新興アジア市場を比較しみよう。 まず、日本市場だが、今後、確実に人口が減っていく縮小する市場である。それに比べ、新興アジア各国は人口が若く、今後、確実に増えていく。人口と人口構成が経済成長に大きく影響することは、「人口ボーナス」と「人口オーナス」という概念でよく知られている。人口ボーナスというのは、「働き手が、養われる人々の何倍いるか」という考え方で導き出される。 公式: 生産年齢人口(15歳~64歳)÷ 従属人口(0歳~14歳、65歳~) この指数が2を超える期間が人口ボーナス期で、経済成長が加速すると言われている。人口オーナスとはこの逆で、現在の日本がそうである。 次のグラフは、アジア諸国の人口ボーナス期を示したものだ。これを見れば、新興アジアがいかに可能性がある地域か一目瞭然だろう。 <各国の人口ボーナス期> インド :2020年代~2050年代 中国 :~2030年代 インドネシア:~2030年代 ベトナム:~2030年代
「日本でつくり欧米に売る」から「アジアでつくりアジアで売る」に
このように人口ボーナス期による経済成長が約束されている市場に出て行かないほうが、企業行動としてはおかしい。日本は内需大国なのだから、内需喚起を続けていくべきで、海外進出は必要ないという主張もある。しかし、もはや内需だけで日本経済は引っ張っていけないだろう。シュリンクする市場で、企業行動を続けるということは、企業同士がシェアを奪い合うということを意味する。それは果てしない消耗戦である。 しかも、こういう市場で戦うには、製品やサービスのちょっとした差異が大きく影響する。となると、ガラパゴス化は際限なく進み、日本製品はますます世界市場で売れなくなってしまうだろう。 ここで思い起こすのが、昨年秋のタイの大洪水である。あのとき、いかに多くの日本企業がタイに進出し、現地化しているかを、改めて私たちは知った。日本企業のサプライチェーンがアジアにおいて完成していることも、改めて私たちは知った。かつては「日本でつくり欧米に売る」のが日本企業のビジネスのかたちだった。しかし、タイを見ればわかるように、いまは「アジアでつくりアジアで売る」かたちに変わったのだ。
「三丁目の夕日」の世界では、誰もが豊かになれる
新興アジアを歩くと、私のような世代の人間は、限りない懐かしさを感じる。小さな商店がバラバラに並んだ街並み、市場や露店、まだ舗装されていないところが残る道、そこを走るバイクや車、道行く人々、そうした街のすべてが日本の昭和30年代のデジャブではないかと思えるからだ。ついこの前までのベトナムがそうだった。 いまは、ミャンマーが日本の昭和30年代、「三丁目の夕日」の世界だという。「三丁目の夕日」の世界では、誰もが豊かになれる。働けば働くほど未来は開かれる。しかも、日本人なら一度それを経験しているのだから、こうした市場で成功するのは、現在の国内市場よりはるかに簡単なのだ。 小学生の社会の授業で、「京浜工業地帯」や「太平洋ベルト地帯」などという言葉を習った。日本には、京浜工業地帯、中京工業地帯、阪神工業地帯、北九州工業地帯などの工業地帯があり、それらが太平洋ベルトに沿って並んでいる。これが日本の生命線だと、私の世代は習った。 しかし、いまは、新興アジアが日本の生命線だ。
TPPやEPA/FTAを日本と相手国の問題と考えてはいけない
インドシナ半島をベトナムからタイをとおってミャンマーに至る東西回廊という道がある。ここは、インドシナ半島の物流の大動脈で、ミャンマーが開国したので、じきにバンコクから西に向かいミャンマーのダウェイまで達する。ダウェイはベンガル湾・アンダマン海に面した港湾都市で、ここからインドのチェンナイに達する航路の起点となる。 つまり、東西回廊は、こうしてインドに達し、新興アジア経済圏は一体化していくのだ。だから、この東西回廊こそが日本の生命線の一つであるのは間違いなく、国土強靭化で国内の道路インフラを整備するなら、こちらを整備すべきだ。 また、TPPやEPA/FTAなど、自由貿易制度の整備問題になると、日本では常に国内と海外を比べ損得を論じるが、これは間違いだ。日本が今後必要とする自由貿易制度は、日本と他国という構図ではない。日本企業が進出した国と市場のある国との構図のほうが大事なのだ。 たとえば、タイとインドのETA/FTAのほうが、日本とアメリカのTPPよりよほど大事だ。なぜなら、タイでつくった日本車をインドで売るなら、この両国の関税がどうなるかが、日本企業の利益を大きく左右するからだ。 しかし、日本のメディアは、国際問題になると、常に日本と相手国の2国間の関係にしか目がいかなくなり、こうした本質的な問題を報じない。昨年のTPP問題での狂騒は、こうした視点から考えると、本当にばかばかしい限りだった。
日本はまだまだ「引きこもり大国」
さて、国のかたちが「投資立国」になったとはいえ、日本の海外投資はまだまだ少ない。日本の企業の海外直接投資は、世界的には低い水準にある。日本企業の海外直接投資のGDPに占める割合は、2005年から2009年平均で1.5%。ドイツは4.3%だから、先進国のなかではかなり低い。 次のグラフは2010年度の主要国の海外直接投資の比較だが、日本はアメリカ、イギリス、フランス、ドイツと比べると、かなり低い。まだまだ内向きの国と言っていいのだ。 ここで驚くべきことがある。 戦前の日本のほうが、いまよりはるかに海外投資をしていたということだ。戦前の日本企業の海外直接投資がGDPに占める割合は、第一次世界大戦がはじまった1914年から1930年代末にかけて、11.5%から13.6%あったというのだ(桑原哲也『企業国際化の史的分析』1990、森山書店)。
今後、日本が実施すべき四つの政策とは?
ここまで、資産フライトをとおして日本再生の道を考えてきたが、その結論は簡単だ。空洞化、資産フライトは、むしろ日本を強くすると考えなおし、そこからの所得収支をいかに日本に還流させるかが、日本再生のキーポイントである。 そのためには、次のような政策を実行すべきだ。 1)増税よりも減税(法人税、所得税、相続税など)をする 2)米国のような「本国投資法」をつくり、海外配当を日本に還流させる 3)企業の海外進出を積極的にサポートする 4)金融ガラパゴスを止め、国内金融を解放する もっと言えば、鎖国政策をやめ、開国する。グローバル化にもっと大胆に適応していくことだ。金融システム、会計システムなど企業活動に必要なものは、すべてグローバルなシステムを採用し、国内でも英語でビジネスができる国にしなければ、日本は再生しない。
米国が実施した「本国投資法」とはなにか?
ここで、2)米国のような「本国投資法」(HIA:Hometown Investment act)に関して説明しておくと、これは、アメリカ政府が2005年に実施したものだ。 資本の世界にはレパトリエーション(Repatriation)という言葉があり、もともとは「兵士が母国に帰還すること」といった意味だったが、金融用語として、投資家が海外で運用していた資金を国内に戻したり、海外支店の儲けを本社に送金したりすることを指す。 米国本国投資法は、これを推進する法律で、米国企業が利益や配当金、余剰資金を米国内に海外から戻す場合、2005年に限って通常35%の法人所得税率を5.25%に減税するといったもの。この実施で、海外に出た米国への資金は本国に還流した。 日本も、今後は、こうしたことを実施すべきだろう。 前記した「外国子会社配当益金不算入制度」ぐらいでは、まだまだ足りない。それなのに、政府の2税務当局は2012年から、海外に5000万円以上の資産を持つ個人を対象にして、税務署への年1回の報告義務を課すような、逆行する課税強化策を実施している。
今後必要なのは「3つのE」プラス「もうひとつのE」
最後に、では個人ではどうしたらいいのかということを書いておこう。時代錯誤の政策ばかり行う政府、国家のリスクと個人のリスクをできる限り切り離すことが肝心だ。、私は、自分の講演の締めくくりとして、「これからは3つのEが大切です」言っている。とくに、若い人たちには、このことを強調する。 では、3つのEとはなんだろう? E:English(英語力):いまや英語は世界共通語。これができなければ、21世紀世界では、英語ができないとビジネスも暮らしも成り立たない。日本のような自国言語だけでビジネスと暮らしが成り立つ国は、今後どんどん減っていく。世界中の国が今後は自国言語と英語とのバイリンガル国家となっていく。この流れに遅れると、個人の暮らしはますます貧しくなるだろう。 E:Economy(経済の知識):グローバル経済の時代は、国経済知識は絶対必要。これまで日本は経済教育をおざなりにしてきた。そのため、国民の経済リテラシーは先進国のなかでは極端に低い。ただ、現在の日本の教育ではこれをカバーできないので、いまの時代にふさわしい経済知識は自分で身につけるしかない。 E:E-literacy(IT知識・スキル):ネットはさらに発展し、デジタル時代はますます進む。ITの知識やスキルは重要なサバイバル道具。このことは、もう改めて言うことではないと思う これが「3つのE」だが、最近ではこれに「もうひとつのE」を付け加えた。 それは、E:Emerging Asia(新興アジア)だ。新興アジアが日本の生命線になる時代。その時代を、いま、私たちは生きているのだ。 |
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