[056]iPadになびいても無意味。日本の出版社が電子出版で勝つためには? |
2010年 5月 22日(土曜日) 06:41 |
2010年5月21日
ウワサどおり、iPadは素晴らしい。 ただ、電子書籍リーダーという観点から見ると、たいしたことはない。電子ブックよりむしろ電子雑誌の方が向くというのが、私の実感だ。
講談社が大手として初め「iPad」で新刊発売
ところで、iPadが日本でも発売されるということで、電子書籍に対する出版界の動きが激しくなった。5月20日、朝日新聞が一面で「講談社、iPadで京極夏彦氏の新刊発売」という記事を掲載したのには驚いた。「国内の大手出版社が、新刊の文芸書を電子書籍端末で売るのは初めて。他の出版社も続々と参入しそう」と書いているが、確かにそういう流れになるだろう。 しかし、iPadは、その話題性から日本でもかなり売れるだろうが、本を読む端末としては期待できるほどのものではない。とくに、文芸書や一般書をこれで読もうとする人はいないだろう。読むとしたら、雑誌と漫画だ。ともかく、いまや電子書籍といえば、KindleとiPadに目がいっているが、電子端末への配信には大きな落とし穴がある。 この落とし穴にはまると、日本の出版界は電子書籍のビジネスでは永遠に勝てなくなるのではと、私は懸念している。 朝日記事は「講談社の狙いの一つは、価格決定の主導権を日本の出版社が握ること。今後予想される米アマゾンの電子書籍端末「キンドル」日本語版の発売でも、出版社側が主導権を取りたい考えだ。」と書いているが、確かにそれもあるだろう。しかし、価格決定権ぐらいではダメで、本当に握らなければならないのは独自のプラットフォーム、独自の電子端末だ。
iPadでは漫画が読めない。性描写と暴力はリジェクト
前にも書いたが、電子書籍市場の生死を握るのは、漫画である。それも、一般的な漫画ではなく、BLとかTL、あるいはエロ漫画である。漫画文化ときれいごとを言ってみても、携帯配信の売上げの80%が漫画であり、そのうちのほとんどがこうしたコンテンツによるものなのだから、それが配信できないことには日本の出版社の電子書籍ビジネスは拡大しない。 となると、これを一切認めないアップルのiPhoneと、今回のiPadには、日本の電子書籍市場を広げる力はないし、出版側も過度の期待をすべきではないだろう。アップルが、日本の漫画を「審査」し、性的な描写や暴力シーンが少しでも含まれているとリジェクトするということが言われ出したのは、つい1カ月ほど前のことだ。 日本の電子出版事業の草分けであるボイジャーの萩野正昭社長が、ネットニュースのインタビューで明かにしたからだ。このインタビューによると、ボイジャーが関与した講談社のコミックを iPhone用のアプリケーションにして、アップルのコンテンツ配信サービス「iTunes store」に申請したところ、約30%が却下されたという。暴力シーンばかりか、疫病で血が流れた場面や、女性の胸がハプニングで露出したシーンもリジェクトされたという。胸露出のリジェクトが「働きマン」の主人公のマッサージの場面だったというから、驚きだ。「働きマン」でもダメなら、iPadなど使い物にならない。 http://builder.japan.zdnet.com/sp/epub2010/story/0,3800103623,20413214,00.htm
アップルの検閲がどんなルールで行われるのか不明
アップルがどのような判断でリジェクトするのかは、まったく明らかにされていない。2月には、アプリケーション配信サイト「App Store」から「セクシー系」アプリが大量に削除された。なぜかアップルは日本が嫌いなようで、特に日本のセクシー系やエロ系は徹底してリジェクトされている。 こうしたことに対して、先のインタビューでボイジャーの萩野正昭社長は、こう言っている。 「たとえばAppleはAppleの、AmazonはAmazonのDRMを持つわけですよね。そういった場合、彼らのルールに従い我々はコンテンツを出す、というスタンスになるでしょう。我々は、彼らの定めたDRMに対しどうこう言う立場ではないと思います。」 「留意すべきはDRMだけではありませんよ。彼らはもっと違うルールを持っています。それはセンサーシップ、“検閲”です。センサーシップは変わらず残しています。」
アップルが仕掛けた美しい2つの罠
こうしたアップルの動きに対して、EBook2.0 Forum編集長の鎌田博樹氏は、5月 16日付けのウエブ記事「空前のiPadビジネスモデルは成功するか?」で、次のように警告している。 http://www.ebook2forum.com/2010/05/last-temptation-of-jobs/
鎌田氏は「美しい箱庭に仕掛けられた罠:広告と検閲」として、まず、iPadの最大の欠点を次のように述べている。そして、そのうえで、次の2つの点(罠)を指摘する。 「iPad版には、今日多くのユーザーが重要と考えているものが決定的に欠けている。読者によるコメント、SNSサービスといった新世代のWebに必要なもの(ソーシャルネットワーキング機能)が皆無なのだ。」 「しかし雑誌出版社は現在のところ、ためらいもなくアップルが支配する世界へのコミットを深めている。ワイスバーグによれば、「売上の30%をシェア」というアマゾンの条件があまりなものだったので、どんな条件でもそれよりはましに見えてしまったようだが、アップルのグラウンドで遊ぶには、アップルが課す厳しい条件を満たしたアプリを提供し、売上の30%を支払わなければならない。ユーザーから得られるデータの一部は出版社にも提供される(これまでのところゼロ)が、あくまでアップルの一方的判断による。さらにアップルは iAd という独自規格の広告プラットフォームを用意し、じつに40%を徴収する。広告主と直接に契約することになれば、出版社にとっては大惨事となる、とワイスバーグは警告している。」
「iPadそのもののメタメディア化、アップルの広告代理店化(日本的に言えば電通化)以上に危険視されているのは、コンテンツの検閲の問題だ。一方的なライセンス規約で検閲を押し付けるのは、インターネットの世界では異常な事態で、ジャーナリズムにとっては「言論表現の自由」を奪われることを意味する(「恐れがある」のではなく事実として、契約した途端にアップルに最終的な編集権を委ねたということだ)。それは「肌の露出」だけでなく「風刺漫画」にも及ぶことが明らかになった。」
日本独自の電子書籍リーダーに漫画を配信すべき
要するに、iPadに猫も杓子もなびくのは考えものということ。とくに、アメリカとは文化が違う日本で、彼らの手のうちで踊らされるようでは、世界に通用する日本の漫画コンテンツが泣くというものだ。 そこで、これを打開するのは、日本の漫画コンテンツの7割を握る大手出版社が連合して、日本独自の電子書籍リーダーに漫画を配信することだろう。もし、そのコンテンツが魅力的ならば、iPadなどより、そちらのほうが電子書籍リーダーとしては日本で普及するはずだ。場合によっては、世界にも普及させられる。ソフトにはハードを普及させるパワーがある。 たとえば、iPadと同じ時期に発売されるシャープの「NetWalker」第2弾のタッチパネル端末「PC-T1」はどうだろうか? http://www.sharp.co.jp/netwalker/
この「NetWalker」は、「スーパー大辞林」「ジーニアス英和辞典」など12種類の辞書を内蔵し、手書き文字で辞書を引くこともできる。XMDF形式の電子書籍に対応し、 実用書や文学作品など約100作品の電子書籍がプリインストールされており、電子書籍は、専用の販売サイト「NetWalkerライブラリー」で追加購入もできるというから、iPadより書籍リーダーとしては優秀だろう。
ところで、私が注目しているのは、「iPad」より、「WePad」だ。 これは、ドイツのNeofonieが4月に発表したAndroidを搭載したタブレット端末。まさしくiPadキラー製品で、Wi-Fi、3G、GPS、Bluetoothなどに対応しiPadにはないカメラ(130万画素)と2つのUSBポート、メモリカードスロットが付いていて、もちろんFlashに対応している。 これを知ったときはギャグかと思ったが、いま思えば、WePadの専用ページには「決して囲い込まない」と書かれ、オープン性を強調していた。 つまり、アップルのユーザー囲い込み戦略に、しっかり対抗しているのである。ドイツ人はやることが際立っている。大手出版社のGruner+Jahrが、WePad上でドイツ語の人気雑誌「Stern」を提供するというから、結構、この方がいけるかもしれない。日本もこれくらいのことをやってほしい。 アップルのCEOスティーブ・ジョブズは、先頃ユーザーに送った電子メールで、「ポルノを見たければグーグルのアンドロイドフォンを購入すべき」という内容を書いたと伝えられている。 ジョブズ氏は年初にも「グーグルがスマートフォン市場に進出すること自体が背信」と述べている。尊敬すべきカリスマだが、メディアとユーザーを囲い込もうとするのはやり過ぎだろう。
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