[075] 「自炊の森」が提起した著作権侵害と海賊版について考える |
2011年 1月 06日(木曜日) 01:50 |
なんと店内のコミックや同人誌をその場で電子書籍へ「自炊」できる「自炊の森」という店が、秋葉原でプレオープン。昨年末からネット上で問題視する発言が相次いでいた。そこで、今回は、自炊について著作権法の見地から考えてみたい。 ■自炊の森 http://www.jisuinomori.com/ 「自炊」とは、書籍や雑誌をまるごと裁断機で切断して、スキャナを使ってデジタルデータに変換することを言う。これを個人でやるなら、現行の著作権法には抵触しないが、ビジネスにしてしまえば、明らかに抵触する。 「自炊の森」のサービスは2通りある。1つは、ユーザーが電子化したい本を持ち込み、その場でスキャンしてデータを持ち帰るサービス、いわゆる「持ち込み自炊サービス」。もう1つは、店内のコミックや同人誌をその場でスキャンしてデータを持ち帰るサービス、「在庫本自炊サービス」である。 最初のサービスは、あくまで個人による複製なので問題はないと思われるが、「在庫本自炊サービス」の方は、自分が所有している本ではないため、これがOKなら、ユーザーはいくらでも好きな本を電子化できてしまう。そうなると、著作権法が認めている個人複製の範囲を逸脱する。ネットで問題視されたのはこの点だ。
初めから承知のうえで始めたのか?
そんなことから、「自炊の森」は、2010年12月31日、ついにサービスを一時休止した。そして、現在(2011年1月5日)、Twitter上で下記のようにコメントしている。 「こちらとしては、権利者の方々からコンタクトが来た時に備え準備しております。使用許諾の対価、もしくは使用をさせない旨の告知についても、話し合いを通じて誠意をもって対話させて頂きたいと考えております。」 このコメントを読む限り、彼らは著作権侵害をあらかじめ覚悟していたうえで始めてみたということだろう。「自炊の森」のホームページでは1月中旬に正式オープン予定とのことだが、おそらく「在庫本自炊サービス」の方は断念すると思われる。
「自炊」はわりと簡単にできる
さて、では「自炊」問題の本質とはなんだろうか? それは、紙の本から誰もが簡単に電子書籍をつくれるということ。「Kindle」や「iPad」のような書籍リーダー、タブレット端末、あるいはPCで電子書籍を読むには、ダウンロードして買うことになっている。ところが、ダウンロードして1冊1冊買うより、自分でやったしまったほうが手間が省ける。しかも、電子化されていない本まで電子書籍にできる。 手持ちの本なら、とじ目をカッターで切り落として、1ページずつばらばらにする。あるいは、いまでは裁断が正確にできるロータリーカッターがあるから、これでともかく本を解体してしまう。そうして、ばらばらになった本をページごとにスキャナにかけて読み取り、イメージファイル(たいていはPDF)にすればいい。スキャナに関して言えば、いまはいくら枚数が多くても「ドキュメントスキャナ」という高速マシンがあるから、自炊はわりと簡単だ。たとえば、富士通の「ScanSnap」なら、まとまった紙の束をセットしてボタンを押すだけで、自動紙送りによってスキャンしてくれる。しかも両面スキャンなので、200ページぐらいの本なら、10分もあれば1冊完了である。 ということで、これまでも自炊は一部の人間がやっていた。とくに、日頃蔵書の保存や整理に悩まされてきた学者、研究者、作家などのなかに、自炊する人がいた。また、一部の読書家のなかにも自炊者はいた。 ところが、昨年「iPad」が登場するや、自炊は大ブームになり、一般の人間までやり出したのである。そして、それを代行してくれる業者まで出現した。そして、今回の「自炊の森」は、さらに一歩踏み込んで、本人が持っていない本まで自炊してくれるというので大きな問題になったというわけだ。
自炊を本を売れば海賊版を売ったのと同じ
現在の著作権法は「私的使用」、つまり本人がコピーすることは認めている。したがって、手持ちの本を自分で読むためにだけ自炊するのなら、問題はない。業者に頼んで自炊してもらうのもこの範囲と解釈していい。しかし、自分の手持ちでない本を自炊してもらうのは、「私的使用」の範囲を逸脱している。 ただし、業者側から見れば、ユーザーの手持ちの本を自炊するだけなら、たいして儲からない。そこで、業者側が手持ちの本をユーザーに自炊してもらって、サービス料を取ろうということになったものと思われる。しかし、これは海賊版を流通させるのと同じ構造で、業者が海賊版をつくって売っているのと変わりない。 ただし、音楽もビデオもそうだが、裏ではこうしたことは、これまで頻繁に行われてきた。たとえば、裏ビデオを大量にコピーしたHDDは、中身のことはいっさい触れずに「中古HDD」として売られている。 ハードディスクなら何千冊も入れることが可能
本の場合も同じようなことは可能だ。仮にコミック1冊をPDF化すると最大で100MB(メガバイト)ほどのファイルサイズになる。とすると、16GB (ギガバイト=16000MB)のUSBメモリなら160冊入る。文字データ中心の普通の書籍なら10MB程度だから、なんと1600冊が入ってしまう。ちなみに、「Kindle」の記憶領域は1.6MBとされるから、自炊によって普通の書籍を取り込めば、100冊は十分に可能で、いつでもどこでも読める「歩く図書館」が完成する。 これを中身に関係なく「中古USBメモリ」として売っている闇業者はいる。USBメモリだとたいして入らないが、ハードディスク(HDD)なら、現在、メモリ容量は飛躍的に大きくなっているので、たとえば1T(テラ)バイトのポータブルHDDで数千冊は優に入る。 これなら、何十巻もある人気コミックのシリーズが、それこそ何十種類も入れられる。
中国でも自炊による海賊本が大流通
このような自炊本の裏流通は、日本だけでなく、すでに全世界で起こっている。2010年11月9日、「日本の人気作家の海賊版電子書籍が販売されていた!」というニュースを、メディアがいっせいに報道した。それによると、村上春樹氏の『1Q84』や東野圭吾氏の『白夜行』など日本のベストセラー小説の中国語版が、著者や出版社に無断で電子書籍化され、アップルのApp Storeで販売されていたという。これも自炊本である。 現在、自炊でつくられた電子書籍は、海賊版CD、海賊版DVDと同じく、かなりの数が流通している。とくに、中国ではすでに海賊版のPDF電子書籍がものすごい勢いで流通していると聞く。統計などとれないのでその実態はわからないが、紙のコミックに関しては、7、8割が海賊版である。中国では、原則として海外からの書籍輸入は禁止されており、日本のコミックの翻訳は年間数タイトルしか許可されないので、海賊版が横行することになる。
DRMを導入しても海賊版は防げない
海賊行為への対抗策として、音楽業界がとった対抗策が、DRMだった。当初、音楽業界はDRMの技術により、海賊版を排除できると考えた。しかし、実際はDRMを強化すればするほど、解読されたうえ、海賊版がよりいっそう出回るようになった。 そこで得られた結論は、「海賊版は手に入れようとする人間ははじめから買うつもりはない。それなら、ガードなどせず、ユーザー間のコンテンツ共有を積極的に促進して海賊行為を回避し、レコード会社とユーザーの両方にウィンウィンな状況をつくっていくしかない」というものだった。 たしかに、1999年に日本で最初の電子書籍の立ち上げを目指した「電子書籍コンソーシアム」も、著作権管理にがんじがらめになり、最終的には失敗した。また、2004年に登場したソニーの電子書籍リーダー「リブリエ」も、この問題を解決できずに同じようにして失敗した。 となれば、DRMを強化するのは間違っている。ある程度に留めて、海賊版は発見されたときに摘発・削除していくしかないという結論になる。結局、現在までもこの問題は解決されず、昨年からの「電子出版」ブームも、この問題を放置してきた。 自炊本流通が厄介なののは、紙をスキャンしてのデジタル化だから、音楽や映像のようにはDRMが利かないことだ。こうなると、自炊がこれ以上広がれると、出版社も著者も被害甚大になる。紙で出版されたものがたちまちPDF化されて、一気に流通してしまい、著者にも出版社にも一銭も入ってこないことが起こりえる。出版社がお金をかけてわざわざ電子出版する意味すらなくなってしまう。
グループで自炊すれば 新刊を買う必要がない
すでに自炊本の裏販売以外の流通も起こっている。たとえば、最近は発売直後のマンガを自炊してすぐにウェブにアップし、それを売っている闇業者もいる。発売日にアップして翌日は削除してしまうなどということも行われている。 また、以下の方法は、まったく法に触れないので、堂々とやっているグループもある。これは、たとえば何十人かでグループをつくり、共有サーバーを借りる。そうして、各自が購入した本を自炊してアップし、それをみんなでダウンロードして楽しむという方法だ。この方法だと、発売された直後の雑誌やマンガ、単行本まで、自分で買わなくてもよくなる。 2010年は「電子書籍元年」と言われ、日本でも多くの出版社が電子出版に踏み切ったが、紙と同じ電子本を出すのは、自炊が行われているかぎり、ほとんどなんの収益ももたらさないかもしれない。また、自炊というコピー技術が一般的になった以上、今後、紙の本はまったく売れなくなる可能性もある。とくにマンガ雑誌やコミックなどは、はかりしれないダメージを受けるだろう。 しかし、現行の著作権法では、どうやってもこの問題を防ぐ手だてはない。
不正コピーを防ぐためのあまりにも単純な方法
ところで、アメリカにプラグマティック・ブックシェルフ社(Pragmatic Bookshelf)という専門書の出版社があり、そのサイトでは、PDF版の電子書籍と紙版の書籍の両方が選択購入できるようになっている。 ■The Pragmatic Bookshelf:http://www.pragprog.com/ そこで、PDF版のほうを選んでダウンロードすると、全ページに購入したユーザー名が入ったファイルが送られてくる。つまり、この会社ではPDFファイルに一切のプロテクトをかけていないわけで、その代わりにユーザー名を入れるというアイデアで、不正コピーを防ごうとしている。 デジタル時代は、ほぼどんなことをやっても不正コピーは防げないとするなら、このようなシンプルなやり方しかないかもしれない。 |
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