2009年5月14日
法律上ほとんどの場合、出版社は直接の権利者ではない
グーグルの書籍データベース化問題については、この欄で何度も書いてきたが、いまだに混乱が続いている。ただ、和解表明の期限が5月5日から9月5日に延期されたので、現在、著作権権利者(作家など)や出版社は考える時間ができて、一息ついている状態だ。 では、なぜ、またここで取り上げるのかというと、いまの混乱が見ていられないからだ。ともかく、きちんと整理しておかないと、さらなる混乱を招く。
私が務める光文社のペーパーバックス編集部にも、何度か著作権利者(著者)から問い合わせがあり、「光文社としてはどうするんですか?」と言われた。そこで、まず、その答えを書いておくと、残念ながら光文社にh独自の見解、対応などないので「大手さんと同じように対応していきます」ということになる。 ここでいう大手とは、講談社、小学館、集英社、角川などだ。
ただ、私は個人的にはこう答えている。 「対応は私たち(出版社)が考えるのではなく、著者のみなさんがご自身で考えるべきです。なぜなら、いま、グーグルにリストアップされている本に関して、法律上はほとんどの場合、出版社は直接の権利者ではないし、当事者でもないからです。 つまり、ご自身で態度を決めていただかないと、こちらはどうすることもできません」
これは非常に冷たい態度だと言われるが、実際問題として、そうである以上仕方がないと思う。あまり書くと語弊が出るが、著者の多くは、なにが問題なのか、グーグルが著作権者に突きつけている問題がなんなのか、よく理解できていない方が多い。 そこで、私が「これは、ご自身の問題です」と言うと、ムッとなるようだ。
対応は3つ。「和解からの離脱」「和解に残留」「異議表明も和解に残留」
そんなわけで、態度表明が延期されたとはいえ、どんな対応があるのかを整理してみると、次のようになる。
1、和解から離脱 2、和解に残留 3、異議を表明するが和解には残留
この3通りだ。そして、では、どうやってそれをするか?その方法は?というと、次のようになる。
1、和解から離脱 「Googleブック検索和解」というサイトから手続きすることになる。ただし、かなり面倒くさい。また、同時に異議申し立てをしたいとなると、ニューヨーク南地区地方裁判所に声明書を送る必要がある。もちろん、それが受理されるという保証はない。 こうして和解から離脱した場合、自分の本がスキャンされていたとしても、グーグルが提示している60ドルが受け取れないのは、言うまでもない。また、勝手にスキャンしたのは許し難いと、グーグルを相手取って裁判を起こせるが、これもアメリカでやることになる。 今回のケースはクラスアクションだから、その費用は10万ドルではきかないだろう。
2、和解に残留 および、3、異議を表明するが和解には残留 この2つのケースは、表面上は同じ。ただ、和解残留でも書籍データの販売や抜粋表示などの許諾は個別に指定できる。また、「Googleブック検索」のデータから自分の本のデータを削除するよう求めることもできるので、グーグルにデジタル化されて販売されるのがイヤなら、こうすればいい。 日本書籍出版協会は、和解した後に削除を求めることを推奨している。 また、日本文芸家協会が会員約2500人に対し意思確認の調査を行ったところ、4月27日の時点で回答者の8割以上が「和解したうえで、グーグルの書籍データベースからの著作物の削除を望む」と回答している。 なお、削除手続きの期限は、2011年4月5日となっている。
「和解残留後に削除」が主流。断固反対というグループも!
私の見解だが、おそらく日本のほとんどの著作権者は、「和解残留後に削除」という方法をとると思う。また、ほとんどの出版社もこのかたちでの収拾を望むはずだ。 実際、NHK出版は著作権者に対し、4月10日付けで文書を送付して、次のような見解を表明している。
「和解を拒否する、争うとした場合は、日・米の弁護士を雇って多大な時間、費用をかけることになり、また、Googleが提示するメリットも享受できない。この和解に乗る(参加する)こととします」
もちろん、「和解」には断固反対という著作権者の方々もいる。詩人の谷川俊太郎さん、作家の三木卓さんらが参加する「日本ビジュアル著作権協会」は、4月30日に都内で記者会見し、グーグルに対し「一種の文化独裁だ」と非難したうえ、谷川さんら約180人の著作権者が「和解を進める集団」から離脱すると語った。
いずれにせよ、著作権者はなんらかの態度表明をしなければならない。 ただし、なにもしないというのも1つの態度。こうすると、自動的に「和解に参加」することになる。
問題は、書籍データベースがビジネスになるのかどうか?
以上、混乱をさけるために整理してみたが、本当の問題は、グーグルが構築する書籍データベースが、今後のネッワーク社会でどうなっていくのか? どのように利用され、ビジネスとしても成立するのか? ということだ。
グーグルは、利用者からの料金収入、広告収入を考えていると思うが、これがうまくいけば、音楽でいえば「iTunes」のように、世界中に広まっていくはずだ。そのときは、おそらく紙メディア(本や雑誌、新聞など)の力はかなり弱まっているから、このデータベースに参加していないと、著作権者は相応の利益を得られなくなっているだろう。
グーグルが目指しているのは、全世界の書籍のデータベース化だから、完成にはまだまだ時間がかかる。しかし、いったんできてしまえば、ここにアクセスしないと、書籍に関しては情報が得られなくなるだろう。
コミック、学術書、辞書など種類によって対応が違う
話を戻して、ひと口に本といってもいろいろある。コミックも含まれるし、辞典や学術書もある。だから、これらをいっしょにして、今回のデータベース化の問題を語れない。
というのは、たとえばコミックでは、講談社の場合、グーグルがリストアップした4417件のなかで著作権者は数人か含まれていない。しかし、学術書になると、とくに絶版になっていたりする本の著者は、グーグルでの公開に賛成だったりするからだ。
また、出版社に広義の著作権がある辞書などは、データベース化されると出版社として本当に困る。こうしたことも含めて、今後の対応は決まるが、いずれにせよ、「ゴーイング・デジタル」のもとに、紙メディアの力は衰えていくだろう。
作家と出版社の牧歌的な時代は終わった
最後に、出版社と著者の関係だが、これまでの日本では持ちつ持たれつという「あいまいな関係」が主流だった。編集者は作家と時間を共有(飲食、交遊など)し、その関係のなかで本をつくってきた。 だから、権利関係などには無頓着で、信じられないかもしれないが、数年前の本でも、出版契約書がないまま発行されたものもある。過去にさかのぼれば、これまで光文社が発行した書籍で、そういうものは無数にある。
しかし、デジタル時代には、このようなことは通用しない。とくに、いまは紙メディアの凋落が激しいから、権利関係をはっきりさせないことには、無用なトラブルが起こる可能性が高い。作家と出版社の牧歌的な時代は終わったと考えるべきだろう。
今後の出版社は、単に著作物を発行するだけでなく、作家が持つ著作権の権利を代行したり、マネージメントしたりするエージェント機能を持つ必要がある。事実、小学館、集英社などでは、手数料を取って権利行使の代行をする方向で話が進んでいる。講談社も同じだ。 光文社はそこまでいっていないが、ペーパーバックス編集部では、イー・パブリッシング(e-publishing:電子出版)の権利もプリント・パブリッシング(print-publishing)と同時に結ぶようにしている。
ともかく、誰になんの権利があるのか、このことをはっきりさせないと、どんな問題も解決しない。
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