[047]「電子書籍出版協会」は無意味。大手出版社3社が組めば、電子書籍市場で必ず勝てる。 印刷

2010年1月19日

 講談社、小学館、新潮社、文芸春秋など主要出版社21社が社団法人「日本電子書籍出版社協会」(仮称)を2月に発足させることが決まった。苦境にある出版界にあって、これもまた一つの試み、現状打開策だが、はたしてこの試みは成功するのか?

 「電子書籍元年」と言われるいま、今回は、この問題を考えてみたい。

 このたび立ち上がる日本電子書籍出版社協会は、2000年に主要出版社で設立した任意団体「電子文庫パブリ」を発展させ、法人格を持たせるかたちで継承していくものだ。つまり、出版界の危機感の表れで、一刻も早く電子書籍端末によるデジタル書籍市場の主導権を握らなければ、未来はないだろうと、各社が考えた結果である。そのため、協会では今後、電子出版の規格共通化を話し合い、著作権団体と交渉し、さらに、官公庁との意見交換などをしていくという。

 しかし、私に言わせてもらえれば、協会をつくり、規格統一をし、さらに、著作権団体と交渉したからといって、電子書籍市場を、旧来の出版界が握れるという保証などまったくない。この市場で本当に勝ちに行きたいなら、このような「みんなで渡れば怖くない」というやり方は、かえって全体を衰退させるのではと思う。

 

そんなにアマゾンの「キンドル」が怖いのか?

 

 では、なぜ、そう思うのか?

 それは、出版界が、これまでの書籍電子化への流れを理解せず、ただ、これまでの利権を死守しようとしているだけだからだ。つまり「守りの姿勢」では、未来は開けない。

 今回の主要出版社による協会設立の動きをみると、その背景には、アメリカでアマゾンの「キンドル」が成功し、その後、次々に電子書籍リーダーが登場したことがある。その結果、「日本もやがてそうなる。そうなったら、アマゾンに市場を独占される可能性がある。アマゾンが出版社抜きに著作者と契約して、電子書籍を出していったらどうなるのか?」と、各社が恐れたことが大きい。

 つまり、どこにも「攻めの姿勢」はない。

 さらに言えば、去年、グーグルによる書籍のデジタル化に、各社があわてふためいたことと同じである。グーグルの書籍デジタル化問題は、日本の出版界に、デジタル化への取り組みが遅れていた現実を改めて突きつけた。今回の電子書籍リーダーの普及も、同じ問題を突きつけている。

 

なぜ、日本で電子書籍端末(デバイス)が失敗したか考えよう

 

 それがわかれば、出版界がやるべきことは、話し合って対処法を決めることではなく、自社コンテンツのデジタル化を一刻も早く進めることだ。それができていないのに、デジタル化をどうするか。規格をどうするかなど話し合っても本末転倒なのだ。

 このあと、私なりに考えたデジタル書籍市場での「勝ち方」を述べるが、その前に、まず想起しなければならないのは、日本ではアメリカより先に電子書籍端末(デバイス)が立ち上がったことだ。

 しかし、それは普及せず、結局は失敗した。では、なぜ日本では失敗したのか、その原因を探れば、アマゾンを恐れることなどまったくないのがわかるだろう。アマゾンは、むしろ、この市場においては共存共栄の相手だ。

 

5つの理由で失敗した日本の電子書籍端末

 

 かつて日本で登場した電子書籍端末は、電子書籍を読むためのリーダーとしてはすぐれたデバイスだった。しかし、それはいま思うに5つの理由で、市場を形成できなかった。

 1つ目は、圧倒的にコンテンツが少なかったこと。2つ目は、利便性がともなっていなかったこと。3つ目は流通の壁。そして、4つ目は、著作権の問題。そして最後は、出版界の優柔不断である。したがって、この5つが解消できれば、電子書籍市場は飛躍的に伸びる。

 

「キンドル」では15万タイトルもあるのに日本では数千

 

 では、最初の問題、コンテンツが少ないということから見ていくと、品揃えが豊富でないと、選ぶ楽しみも起こらないから、電子書籍は売れない。一般大型書店でも2、3万タイトルをそろえているのだから、電子書店は少なくとも10万タイトル以上は必要だ。

 また、この問題と2番目の利便性の問題は密接に絡んでいて、日本の電子書籍デバイスは、現在のアマゾン「キンドル」と比較してみれば、圧倒的に消費者サイドのデバイスではなかった。

 アマゾン「キンドル」では、現在15万タイトル以上の電子書籍があるが、日本の電子書籍デバイス「LIBRIe(リブリエ)」(ソニー)や「ΣBOOK(シグマブック)」(パナソニック)の対応書籍は、当初、数千タイトルと少なかった。さらに、せっかく買ったコンテンツが2カ月で読めなくなる仕掛けが施されていたのだから、消費者が購入意欲を示すはずがなかった。

         

        ソニーの「りブリエ」とアマゾンの「キンドル」を比べてみると、製品自体にはほとんど差はない

 

独自技術にこだわりすぎて、結局は自滅

 

 利便性についてもっと言えば、日本の電子書籍デバイスの従来製品がパソコン接続を必要としたのに対し、「キンドル」は3G無線データ通信「EVDO」で、直接デジタルの書籍、雑誌、新聞などをダウンロードできる。また、日本の電子書籍リーダーは通信料金も別途必要なのに対し、「キンドル」は399ドルと高くとも、そこには通信料金も含まれていた。

 また、日本の電子書籍デバイスは、各社が独自形式にこだわり、BBeB形式やシグマブック形式 という、PDFに対応しないばかりか、一般的なテキストの主流である青空文庫形式テキストファイルにも対応していなかった。私は、日本の電子書籍デバイスが壊滅した後、メーカーの人間から「独自技術を使うより、たとえば、すでに普及しているAdobe Readerでも読めるAdobe eBook形式などを使う方がよかった」という反省の弁を聞いたことがある。

 実際、デバイス自体の技術を比べれば、「キンドル」はソニーの「LIBRIe」と大差はないのだ。実際、両者は米EInkが提供する同じ電子ペーパーを採用している。日本の電子書籍デバイスと「キンドル」の差は、つまり、そのサービスの違いにあった。「キンドル」はデバイスさえ買えば、どんな場所でも通信料を気にせず使える。このように、「キンドル」は消費者サービスに特化したデバイスであり、その後にアメリカで出たデバイスもみな同じだ。

 

タイトルをそろえ、消費者の利便性を増すことが第一

 

 私はこの点について、一昨年、「YOMIURI PC」(2008.10月号)の取材で、次のようにコメントしたことがある。

 「著作権の問題さえクリアできれば、日本でもキンドルのビジネスは可能だ。特に出版社はコンテンツを作っているので、それを載せる媒体は紙でも電子デバイスでも構わないはず。ただし日本の読者はアメリカ以上に豊富な品ぞろえを求めるので、書籍や主要新聞などを100万タイトルくらいそろえられないと、日本市場で成功するのは難しいだろう」

 つまり、タイトルをそろえ、消費者の利便性を増すことを目指せば電子書籍デバイスは日本でも大成功する。だから、規格統一や著作権の問題など話し合うのは、後回しである。

 ただし、現在の日本の電子書店(「パピレス」「アスペクト」「eBookJapan」など)に見られるリーダーソフト(AdobeReaderで閲覧するPDF形式、シャープの XMDF、携帯電話でコミックを読むためのセルシスのコミックサーフィン、ボイジャーのT-time、ブックサーフィンなど)の違いは、一刻も早く解消されるべきだ。

 

電子書籍市場の規模は日本のほうがはるかに大きい

 

 ちなみに、誤解されているが、電子書籍市場の規模は、日本のほうがアメリカより大きい。

 インプレスR&Dが2009年7月に発表した資料によれば、電子書籍の2008年度の市場規模は,対前年度比31%増の464億円。2009年度はまだ結果が出ていないが、500億円は軽く突破しているだろう。

 これに対して、アメリカは、なんと日本の10分の1ほどにすぎない。アメリカでは電子書籍出版の業界団体「The International Digital Publishing Forum (IDPF)」が四半期ごとの売上高を公表しているが、2008年10~12月期の売上高は、5240万ドルにすぎない。1ドル100円で換算してもたかが52億円だ。

 ただし、日本の電子書籍市場は、市場規模の86%を携帯電話機向け電子書籍が占めている。よって、その市場規模は402億円で、そのほとんどが漫画である点を忘れてはならない。この漫画のデジタル配信化こそが、日本の電子書籍デバイス市場の切り札になるからだ。

              日本の電書籍市場の推移( インプレスR&D)

 

2年前にもアマゾンの「中身検索」を恐れた出版界

 

日本で電子書籍デバイスが普及しなかった残り3つの問題、「流通の壁」「著作権」「出版界の優柔不断」はワンセットだ。これは、出版社側が、「将来は紙のようなオフラインメディアよりもオンラインメディアが主流になる」と腹をくくれば、一気に解決されるからだ。

それで思い出すのが、2年ほど前、アマゾンが各出版社に対して要望した「中身検索」問題だ。これは、本の一部(中身)を公開すれば、売上増につながるということで、各出版社に持ち込まれた。簡単に言うと、サイト上で本の立ち読みできることだが、当初、このサービスにほとんどの出版社が反対した。

「それは著作権の侵害になるし、もし、そのサービスが拡大すれば、最終的にコンテンツをアマゾンに取られてしまう」と、いうのがその理由だ。

 このときの反応と、今回の「キンドル」のような電子書籍デバイスに対する反応まったく同じ。ただ、今回は出版社がつるんでアマゾンに対抗しようということだけが少々違う。

 

デジタル化をすればするほど、取次、書店はいらなくなる

 

 出版社の弱点は、書籍というコンテンツをつくってはいるが、著作権は著者のものだということ。したがってもし著者が、アマゾンなどのデジタル配信を行える会社と直接契約すれば、利益を上げられなくなる。だから、書籍のデジタルデータを渡すことを極端に恐れたのだ。

 また、書籍のデジタル配信が主流になれば、いずれ書籍の流通業者である取次も、販売拠点である書店もいらなくなる。長年、こうした流通、販売業者とともに共存共栄をしてきた出版社は、デジタル化を本格化させるほど、これらの業者の死期を早めることになる。音楽は、レコードからCD、MDに替わり、ついにデジタル配信となって、街からレコード店は消えた。

 だから、出版社は表向き、デジタル化を進められないできた。しかし、もうそんなことは言っていられない状況にある。優柔不断でいればいるほど、自分たちの死期も早まってしまう。

 

デジタル化を急げば、講談社、小学館などの大手だけは勝ち残る

 

 それでは、ここからは、電子書籍市場で勝ちにいく戦略を述べてみたい。

 まず、この市場は紙市場が縮小するのと反比例して拡大する。したがって、最初にすべきことは、今後、出版社は紙だけを見据えて本をつくるのをやめ、デジタルコンテンツをまずつくり、それを配信した後、紙にもするという姿勢に転換するべきだ。

 現在のように「紙からウエブに移行する」などというのは、時代に逆行するので、即刻止めるべきだろう。

 そして、いままでに蓄積した書籍、雑誌などのコンテンツをすべて自社でデジタル化する。これは膨大な作業だが、しなければ、グーグルやアマゾンの例を引くわけでもなく、この市場においては勝負にならない。

 グーグルがデジタル化を急いだのだのは「ともかく早い者勝ち」と悟ったからだ。そして、デジタルコンテンツをそろえるだけそろえる。10万タイトル以上そろえれば、なんとかなる可能性がある。したがって、これができるのは、講談社や小学館、集英社3社と角川だけで、中小はその体力がないからまず無理である。

 それなのに、出版界はみんなで集まってしまった。だから、現在、赤字を続けている講談社、小学館などが、なぜ、中規模の有力出版社の面倒まで見て、電子書籍の統一規格や著作権の話し合いをしなければならないのか私にはわからない。私は、今回の電子書籍デバイスで協同すべきなのは、大手3社と角川ぐらいで十分だと思っている。

 

電子書籍市場は漫画配信が決め手になる

 

 また、ここで重要なのが、日本で電子書籍デバイスが成功するとしたら、それは漫画配信にかかっているということだ。携帯での漫画配信の例をみれば、それは当然だろう。この点は、アメリカとは決定的に違う。

 ならば、なぜ、今回の電子書籍協会に漫画がないか、ほとんど出していない文芸春秋、新潮社、光文社、筑摩書房などを加える必要があるのだろうか?

 漫画市場は、大手3社で70%を握れる。しかも、大手3社なら、一般書籍を含めて、各社月に各100タイトルは供給できるし、過去の蓄積は十分ある。したがって、このタイトル数を背景にして、アマゾンやソニーなどの電子書籍デバイスメーカー(アップルがタブレットを出してくればアップルでもいい)にコンテンツを供給し、利便性のいいサービスを開発すべきだ。

 たとえば、「少年マガジン、少年サンデー、少年ジャンプを月300円から500円で読み放題」というようなサービスを開発しないと、ウエブでは読者は獲得できない。それなのに、文芸本などを1冊ずつデジタル化して売っていこうとする文芸専門の出版社などと協同するのは、まったくの非効率だ。

 また、著作権の問題だが、各社で話し合っても仕方がない。もちろん、統一基準は必要だが、要は、著作者との間で紙の出版権と電子出版権の両方を同時に契約すればすんでしまう。

 グーグル問題が起こったとき、大手各社は数千人の著作者に文書を送ったのだから、著作者の理解を求めるのはたいして難しい話ではない。とくに漫画などは、著作者を編集者が育ててきた部分が大きいので、著作者の理解を得られるはずだ。アマゾンなどのプラットホーム側はいまのところ、著作者との人的つながりはない。

 

大手が中小と組んで時代に対処しようとしている姿は異様

 

 このように考えていくと、今後のかたちはある程度見えてくる。再販制も崩れざるを得ない。紙の本の流通量が減れば、取次は業態を変えざるを得ない。つまり、本ばかり運ぶのではなく、ほかのものを運んで利益を上げざるを得なくなる。書店も本ばかり売るのではなく、違う商品を売らなければ経営は成り立たなくなる。

 そういう業態のチェンジができないところは、今後どんどん淘汰されていくだろう。

  とくに日本の書店は雑誌売上が売上の半数以上を占めているから、本格的な電子書籍時代になれば、現在の業態では対応できない。書店の数が減れば、紙だけで利益を上げてきた中堅から小規模な版元まで、次々に消えていく。文芸書、専門書しか出していないようなところは、どんどん消えていく。これらの世界は、もはや商業出版ではないボランティア出版や、ウエブでの文化事業をするしかない。

 その意味でも、大手が、コンテンツがバラバラの中小と組んで時代に対処しようとしているいまの姿は、私には異様にしか見えない。

 それでなくとも、デジタルは紙よりはるかに利益率が薄い。「キンドル」を見ても、アマゾンの取り分は7割近くで、書籍1冊の値段は10ドル以下だ。紙の書籍が、出版社が約7割、取次業者約1割、書店約2割という収益配分になっているのとは、大幅に違う。

 (注)アマゾンは1月20日、「キンドル」で扱うデジタル書籍の販売価格の70%を著者や出版社などに配分する新しい仕組みを6月30日から導入する、と発表した。

 生き残りをかけるなら、講談社、小学館、集英社などは、独自にデジタルタブレットメーカーと協同し、コンテンツをつくり、プラットホームまで見据えていかなければ、中小と同じ運命をたどってしまうだろう。

 

動画が数秒でダウンロードできる時代には電子書籍も変わる

 

 もうひとつ、重要なのは、デジタル時代の書籍・雑誌は、紙の雑誌とはぜんぜん違うということだ。すでにアメリカでは、大手の Simon & Schusterが、昨年の10月からオンラインビデオ書籍サービスの提供を開始している。このサービスは『vook』と名付けられ、iPhoneアプリケーション とパソコンの Web ブラウザ経由の2形式で利用できる。つまり、テキストと動画を融合させたものである。

 次世代メディアを考えると、活字は活字、音声は音声、動画は動画という固定された枠組みはなくなっていくと思われる。じきに、動画が数秒でダウンロードできるようになれば、電子書籍も変わらざるを得ない。

 そのときに、そうしたコンテンツをつくる技術も、デジタル時代の編集者は身につけなければならない。しかし、「実用性あるテキストと動画の融合体である」書籍を開発しようという動きは、今回の「日本電子書籍出版社協会」は当然としても、大手出版社のなかにも見られない。本当に残念なことだ。

 

交通手段が替わったときどれだけの馬車業者が鉄道会社になれただろうか?

 

 2010年、アメリカでは電子書籍市場はまさに戦国時代に突入した。

 このほどラスベガスで開かれた今年の家電見本市コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)では、電子書籍関連のコーナーが初めて設けられ、各メーカーが次々に電子書籍端末の新製品を発表した。

 これに、アップルから出るという「ダブレット」が加われば、未来市場はある程度見えてくる。これら電子の「板」(タブレット)が、紙を駆逐し、数年後には家庭やオフィスにあふれる時代を迎える可能性がある。

 そのときに、いくらなんでも出版大手3社は健在でいてほしい。出版界に籍を置く身として、これは私の本音だ。時代が変わるとき、生き残れないのは、いつまでも昔のやり方を続けたところと、大勢でつるんで既得権を守ろうとしたところだ。

 たとえば、交通手段が馬から蒸気機関車に代わったとき、どれだけの馬車業者が鉄道会社になれただろうか?