[002]オバマ就任演説と「グリーン・ニューディール」の罠 印刷

2009年1月21日

過熱した報道、彼は本当に救世主なのか?



 バラク・オバマ新大統領の就任式は、史上空前の盛り上がりを見せた。驚いたのは、日本の報道が、アメリカ以上に過熱し、テレビはワイドショーまでオバマ一色、新聞は就任演説の全文を掲載して、その歴史的意義を事細かに解説したことだった。


 まさに、オバマが、救世主であるかのような扱い方で、テレビのコメンテーターから新聞の解説者まで、絶賛の嵐だったのには、本当に驚いた。

 たしかに、オバマは初の黒人大統領として、その歴史的な意味は大きい。また、世界が「100年に1度」の危機にある以上、救世主として歓迎されるのはわかる。しかし、彼が救おうとしているのはアメリカであって世界ではない。まして日本ではないのは明白だ。


 就任演説を聞いたかぎり、彼はアメリカ建国の精神に回帰し、その歴史にそって「チェンジ」(変革)を成し遂げようとしているのはわかった。

 たとえば、「すべての人々は平等、自由で最大限の幸福を追求する価値があるという神の約束がある」という言葉は、まさにアメリカ独立宣言そのものである。そして、「我々が誰なのか、我々がどれほど遠くまで旅してきたか、今日という日を、それを記憶に刻む日にしよう」というメッセージは、アメリカをもう1度偉大な国にしようということなのだろう。



たしかに涙がこぼれた最後の部分



 じつは、就任演説の最後の部分を聞いて、私も涙がこぼれた。それは、彼が独立戦争以来の歴史をふり返り、祖先の苦労をこう表現したからだ。

《米国が生まれた年、最も寒い月に、愛国者の小さな集団が凍てつく川沿いの消えかけた焚き火に身を寄せ合った。首都(フィラデルフィア)は見捨てられた。敵は進軍してきた。雪には血がにじんだ。革命(独立)の行方が最も危ぶまれた時、建国の父は人々にこう読むよう命じた。
「将来の世界で語られるようにしよう。希望と美徳以外は何一つ生き残ることができない真冬の日に、共通の危機に瀕した都市と地方は共にそれに立ち向かった」
 アメリカよ。共通の危機に直面したいま、この困難な冬に、我々はこの時を超えた言葉を思い出そうではないか。希望と美徳によって、氷のように冷たい流れにもう一度勇敢に立ち向かい、いかなる嵐が訪れようとも耐えようではないか》

 ワシントンDCは、この日マイナス6度だったというから、この言葉は聴衆の身にしみたはずである。
 彼は、いまアメリカ人に「祖先のように耐えろ」と言っている。アメリカ人が「耐える」なんて言うのはほとんどありえないことだが、やはりそれを聞くと思わず涙が出た。

 しかし、演説を聞いた後、日本人としての自分に戻ると、言葉は感動的(アメリカ人にとって)でもあって、具体的な中身は乏しいことに気づいた。彼が具体的な政策らしきことを言ったのは、次の下りだけだ。

《我々は商業の糧となり、我々を結びつける道路や橋、送電網や通信網をつくる。科学を本来あるべき地位に引き上げ、医療の質の向上とコストを抑えるために素晴らしい技術を駆使する。太陽、風、大地を使い自動車を動かし、工場を稼働させる。新しい世代の需要に合うように学校や大学を変革していく。これらはすべて実現可能だ。そして我々はこれらをすべてやる》



「グリーン・ニューディール」の正体

 大統領に当選以来、次々に新しい政策を打ち出して来た彼の政策の目玉は「グリーン・ニューディール」Green New Dealである。この「グリーン・ニューディール」というのは、連邦レベルで再生可能エネルギーを普及させて、10年間で500万人の雇用を生み出そうという壮大な計画だが、その財源1500億ドル(15兆円)は、なんと、「排出権取引」emissions tradingで捻出しようというのだ。

 「地球温暖化」global warmingを防ぐために考えだされたのが「排出権取引」である。わかりやすく言えば、地球を温暖化させているのは二酸化炭素(CO2)を大量に含んだ「温室効果ガス」だから、これを減らさなければならない。そのためには、なんらかのインセンティブが必要なので、まず削減する「目標」を決め、その「目標」に対して「余った分」と「足りない分」を金銭で取引するというのが、「排出権取引」である。

 しかし、この「排出権取引」というのは、もともとは京都議定書を離脱したアメリカが考えだしたものであり、単なる「権利」であって実体はない。だから、そんなものを取引したからといって、CO2が減るかどうかもわからず、もしかしたら、第二の「サブプライム・ローン」(金融詐欺商品)かもしれないのだ。

 連邦上院議員時代のオバマが共同提案者として名を連ねたアメリカの「サンダース・ボクサー法案」で、この法案には、排出権取引を連邦レベルに導入するとともに、排出権の配分をオークションで有料化するという内容が盛り込まれている。
 つまり、このオークションで政府が手にする1500億ドルを環境対策に投じようというのが「グリーン・ニューディール政策」の正体である。

 

またしてもアメリカにカモられる日本

 

 現在、日本のメディアも、自民党も民主党も、「日本もオバマにならって環境政策を景気対策の目玉にすべき」と主張している。
 しかし、京都議定書が規定した「排出権取引」の枠組みは、環境技術先進国である日本をターゲットにしたもので、今後、世界でいちばん「排出権」を買い取らなければならないのは、日本なのだ。

 つまり、またしても、アメリカを救うために日本のマネーが流出する仕組みができあがっており、その意味でオバマの「グリーン・ニューディール」は日本にとってもっとも歓迎できない政策である。
 しかし、いま、このことを指摘する人は少ない。

 「地球を救え」というメッセージには、誰もが反対できない。だから、「排出権取引」はすでに始まっている。その世界最大の取引所は、イギリスのロンドンにある欧州気候取引所(ECX)だ。また、アメリカでも始まっていて、その中心は、シカゴにあるシカゴ気候取引所(CCX)である。シカゴと言えば、オバマ大統領の地元であるのは言うまでもない。

 

「グリーン」( =環境)に隠された意図

 

 うがった見方かもしれないが、アメリカとイギリスは、自ら引き起こした新自由主義市場経済の破綻による金融恐慌のツケを、今度は排出権というバーチャルな取引で取り戻そうとしている。その負担の最大担い手は、日本である。

 また、「環境問題」というのは、「クリーンなエネルギーを使え」ということだから、石炭や石油で工業化していくことは許されない。とすると、まだ産業基盤のつくられていない発展途上国は、先進国のような豊かな生活は永遠にできないことになる。それを実現させるためには、莫大な費用がかかるからだ。
 つまり、グリーン(=環境)には、こうした隠された意図があることを、われわれはもっと知るべきだろう。

 

オバマを「救世主」と思うのはお人好し

 

 最後に、オバマ政権のエネルギー長官は、スティーブン・チューという中国系のノーベル賞受賞学者である。また、新設のエネルギー・温暖化問題政策調整担当は、クリントン政権下で連邦環境保護長官を務めたキャロル・ブラウナーである。
 チュー氏の起用は、環境問題で排出権大国・中国を抱き込む意図があり、ブラウナー氏の起用は「ポスト京都」へ向けた布石だ。

 その意味でも、オバマを救世主とあがめ、彼の環境政策を歓迎するのは、お人好しのやることだろう。またしても、日本はカモられようとしているのだから。