ニュー・リッチの未来[002]メディカルツーリズム 印刷
2009年 2月 08日(日曜日) 23:38

■タイのメディカルツーリズム事情


もはや日本では「いい治療」は受けられない

 [001]をタイから始めたので、今回は、その続きである。これから、2回分、タイのニュー・リッチ事情についてふれる。

 タイという国は、日本人のニュー・リッチ、とくにPT(パーマネント・トラベラー)になった人々にとっては、かなり重要な国である。
 というのは、ここには、日本人をはじめとする外国人を積極的に受け入れる大病院がいくつかあるからである。
 近年、日本の「医療崩壊」はすさまじい勢いで進んでいる。2008年10月に起った「妊婦たらい回し事件」は、その典型的な例だろう。この妊婦は、じつに8つの病院をたらい回しにされたあげく、最終的にいったんは受け入れを拒否した都立墨東病院に運ばれ、そこで死亡してしまった。

 「妻が死をもって浮き彫りにした問題を、医者、病院、都、国が力を合わせて改善してもらいたい」
「誰も責める気はなく、裁判を起こすつもりもない。赤ちゃんを安心して産める社会にしてほしい」
 と、この妊婦の夫は語ったが、こうした悲痛な思いが、かなえられる状況にいまの日本はない。

 

 

 

 医師不足が進み、医療ミスも多発する日本では、お金持ちほど医療不信になり、「そんなら設備も医者も日本以上の国に行こう。そこで、満足できる医療サービスを受けたい」と、日本を出て行く。これは、なにもお金持ちに限らず、一般層でもそう考える人は増えている。実際、バンコクにあるいくつかの病院では、日本人患者が近年、激増している。

  日本の医療システムは、世界的にも誇れるシステムだが、一般の健康保険(公的保険)でカバーできる範囲は限られている。そこで、自由診療となるが、そうすると、治療費は一気に跳ね上がる。これなら、同じ治療を国外で受けたほうがよほど安い。

 そこで、人気なのがタイなのだ。

メディカルツーリズムとはなにか?

 世界がグローバル化した現代、一国の国内だけで医療を考える必要はない。とくに、インターネットなどの情報網が発達し、24時間あれば世界のどこにでも行くことができるのだから、いい治療、いい医者、いい医療サービスを受けたいなら、国境を超えるに越したことはない。これが、「メディカルツーリズム」だ。

 これは、旅行先で医療を受けることであり、また、医療サービスを受けるために旅行する(海外に行く)ということ。つまり、「旅+医療」がメディカルツーリズムである。

 なぜ、わざわざ海外まで行って医療サービスや手術を受ける必要があるのだろうか?
 その理由は、前記したように、第一に日本の医療サービスの質の低下と不便さである。そして、第二が、やはり医療費の安さである。
 では、タイの病院は、それほどいいのだろうか?

人間ドックなら日本と比べ格安


「3時間待ちの3分診察に慣らされてきた日本人には、こちらの病院のサービスは天国ですね」と言うのは、年に1度、バンコクで人間ドックに入るという坂本和幸さん(64)。
 坂本さんは、リタイアしてからというもの、毎年バンコクを訪れ、人間ドックに入っているという。

 坂本さんが訪れるのは、バンコクにあるバムルンラード国際病院。ここには、「健康診断コース」のパッケージがある。パッケージはいくつか用意されていて、心電図や眼科検診が含まれない最もお手軽なコースは、2600バーツ(約6万8000円)。これは、日本での人間ドックが1日コースで4万円近くかかることからすると、検査項目の少なさを考慮したとしても、格安とも言える値段だ。

 ちなみに、心電図や超音波検査、肝炎ウイルス、腫瘍マーカーの検査を含んだいちばん高いコースでも、男性で1万3000バーツ(34万円)である。

ラグジュアリーホテル並みの設備で国際レベルの治療

 現在、バンコク市内には日本語が通じるサービスを行っている大手の病院がいくつかある。そのなかでもバムルンラード国際病院は、医療レベルの高さではタイ一であり、世界でも一流レベルに達している。
 しかも、設備は「5つ星ホテル」かと思うほどのラグジュアリーさだから、世界中から患者が殺到している。

 バムルンラード国際病院が提供する医療サービスで特筆すべきは、たとえば、冠動脈造影による診断および血管内冠動脈形成手術の2泊パッケージ。なんとこのパッケージは、14万バーツ(約36万7000円)で、先進国では考えららない破格の値段だ。また、腎臓移植手術も、入院費込みで100万バーツ(約262万円)である。
 
 私は、この値段を日本の医療専門家に聞いたが、「それは安い。もし私が腎臓移植が必要になったら、真っ先にタイに行くでしょうね」と、真顔で言った。
 バムルンラード国際病院のほかに、メディカル・ツーリストに人気の病院は、バンコク国際病院、サミティヴェート病院などだ。

なぜ、タイに外国人患者が殺到するのか?


 タイでは、1990年代の後半から、「アジアのメディカルセンター」を目指す政策が始まった。しかし、当初は、さほど注目されなかった。
 それが、2001年の同時多発テロが追い風になって、まず、アラブの富裕層が訪れるようになった。というのは、それまでアメリカに治療に行っていたアラブ人が、入国を制限されるようになったからだ。

 その後、タイの国際病院のいくつかが、アメリカの国際病院の認定を取得すると、今度は、欧米人がどっと増えた。そして、ついに日本の富裕層も訪れるようになり、いまでは、一般の日本人も利用するようになったというわけだ。

 バムルンラード国際病院のウェブサイトを見ると、日本語を含む5カ国語に対応している。前記したの「健康診断パッケージ」以外にも、「産科パッケージ」「眼科パッケージ(視力矯正手術/LASIK)」などが詳しく紹介されている。
 それによると、日本では両眼で50万円前後かかるとされるLASIKの手術費用が、両眼で6万バーツ(約15万7000円)と、破格の安さ。また、ウェブサイト上では医師を検索することができ、どの医師が何科が専門で、何語が話せるかも事前にわかる。もちろん、ウェブ上で予約もできる。

 このように、いまや日本人のメディカルツーリズムといえば、タイである。また、タイといえば、チェンマイなどに日本人退職者のコミュニティがあるが、ここでも、日本人スタッフがいる病院が複数ある。

タイばかりかインド、シンガポールも視野に
 
 すでに、富裕層、とくにニュー・リッチの人々には、「医療は国内」という意識がない。というのは、日本人に人気のメディカルツーリズム先は、タイばかりではないからだ。

 最近、タイと同じく人気なのがインドだ。
 インドもまた、高度な医療が安価で受けられるので、欧米人に混ざって日本人患者も多く押し寄せていている。そもそも世界で最初に外科手術を成功させたのはインド人で、インド人医師の外科技術には定評がある。

 また、いまや先進国で、世界でも有数の富裕国となったシンガポールでは、10年以上前から、インドネシアやブルネイの富裕層を中心に医療サービスを提供している。そこに、最近では、中国からの富裕層が入り、さらに、日本人の姿も見られるようになった。
 シンガポール政府は、“Singapore Medicine”というキャンペーンを頻繁に行っている。たとえば、中国の医師団などを招き、自国の医療サービスの高さをプロモーションする。そうして、海外からの患者を呼び込もうと、国を挙げて誘致している。

 また、マレーシアも、海外からの患者向けに、病院や医師とのアポイント、旅行のアレンジ、ビザ申請のための公式レターの発行などを行う、メディカル・サイエンス・コーディネーション・インターナショナル社を設立して、日本人の受け入れにも積極的に乗り出している。

 しかし、このような情報は、日本の一般メディアではほとんど紹介されていない。日本はまりに平等意識が強く、メディアは、一般庶民の嫉妬を買うような情報を書きたがらない。

最終更新 2009年 9月 06日(日曜日) 01:09