ペーパーバックスの独特な表記 印刷

表記のルール

 光文社ペーパーバックスは、独特の表記で編集されています。それは、日本語のなかに外国語を取り入れた「4重表記」とも言うべきもので、きわめて実験的な試みですが、グローバル化時代にふさわしい表記法と考えています。
 ただ、この表記に関しては、「読みにくい」「日本語の破壊ではないのか」「日本語のあとに英語を入れているだけではムダではないのか」と、こ れまで多くの指摘、批判が寄せられてきました。そこで、なぜ、こういう表記になったのか、以下、わかりやすく説明させていただきます。

1.なぜ「4重表記」にするのか?

「4重表記」というのは、日本語そのものが「3重表記」(漢字、ひらがな、カタカナ)なので、それにプラス1(外国語)ということです。外国 語といっても、それはほとんどの場合、国際標準語de-facto standard languageとなった英語を意味します。
 では、なぜ英語を取り入れるのか? その主なメリットをあげてみます。
(1)日本語の特性を生かす
 日本語の表記法というのは、フレキシビリティに富んだ素晴らしいものです。どんな外国語も吸収が可能であり、このフレキシビリティは他言語にないものなので、この特性を最大限に生かすのが「4重表記」です。

(2)情報量が増える
 日本語のなかに、外国語(英語)を直接入れることで、情報量が増え、より正確に物事を語れます。

(3)グローバル化に対応できる
 グローバリゼーションの世界では、共通の価値観common valuesは、英語で共有されます。したがって、少しでも英語を取り入れることで、グローバル化に対応しやすくなります。

(4)ヨコ組みのため、異和感がない
 従来タテ組みだった日本語をヨコ組みに表記したため、英文を入れてもそれほど異和感はありません。しかも、読み慣れるうちに、この異和感はさらに薄れます。

(5)多文化主義(multiculturalism)に対応する
 ペーパーバックスは「多文化主義」をポリシーとしています。これは、世界の文化を差別・区別せず、お互いに尊重しあおうという考え方です。し たがって、他文化の言語を日本語に表記しなおすことは、ある意味でその文化を歪めることになり、本来なら他文化の言語はそのまま理解するのが望ましいこと です。

2.表記の仕方の原則

 それでは、1.の考え方にしたがって、実際どのように表記しているのか、以下その原則を示しておきます。つまり、どんなふうに外国語(主として英語)を、日本語の後に入れているかを示しておきます。
(1)各章の初出語に入れる
 ただし、繰り返し入れた方が効果的と思われる語には、初出に限らず何度でも入れています。
【例】 資本主義 capitalism
    不良債権 bad loan
    株価 stock prices
    本命 real target
    戦略 strategy

(2)本の内容に即した言葉を選んで入れる
  経済の本なら経済用語、政治の本なら政治用語、IT関連ならIT用語を中心に入れています。
【例】 公共事業 public works
    財政支援 financial support
    国民の富 national wealth
    規制緩和 deregulation

(3)品詞との対応について
 日本語の後のどこに入れるかは、その品詞によりかなり難しい問題ですが、なるべく読みやすいように入れることにしています。
 ●形容詞/副詞の場合
  ○無意識unconsciouslyに買っている ×無意識にunconsciously買っている
 ●動詞(動名詞)の場合
  ○購入purchaseする ×購入するpurchase
  ○減速slow downしてしまう ×減速してslow downしまう
  ○買い物shoppingに行く ×買い物にshopping行く
 ●名詞の場合
    【例】 私たちはお金moneyの重要性を 日本語名詞+英語名詞
 ●カギカッコで括られた単語
    【例】 その「なにか」somethingのせいで 「日本語」英語
    【例外】それが「必要(needs)だから」です

(4)固有名詞
  例えば、本や映画のタイトルなどは日本語では別のタイトルになっているケースが多いので、原題を尊重するために、なるべく入れています。また、人名などもそうしています。これは、ネットで検索する場合にも役立つはずです。
 ・外国メディア(新聞、テレビ、通信) “The Washington Post”
 ・映画、音楽など “Matrix Revolution”
 ・人名 George W. Bush
 ただし、以下のように同類の固有名詞が列記されている場合は「行数に影響が出る」などの理由で英語表記を入れないケースもあります。
【例】映画を見ようとすると、『マトリックス・レボリューションズ』『スパイキッズ3』『チャーリーズエンジェル・フルスロット』『キューティブロンド・ハッピーMAX』『トォームレイダー2』などと、続編sequelのオンパレードです。

(5)英文にルビをふるケース
 ときどきですが、英文にカタカナの発音のルビをふることもあります。また、( )内にそれを示すこともあります。
【例】 共産主義(コミュニズム) Communism(コミュニズム)
      候補者 nominate(ナミネート)
   ※英語ルビは、なるべく発音に近いものをカタカナでふっています。
 

3.ケース別表記の仕方

 ここでは、さらに詳しく、ケース別の表記の仕方を示します。

●以下のような語にはなるべく入れて読者の理解の助けになるようにしています
 【例】 弱肉強食 the law of the jungle (dog-eat-dog world)
     適者生存 the survival of the fittest
     小さな政府 small government
     経済大国 economic giant
●外国メディアや本の表記
 『ニューヨーク・タイムズ』The New York Times
 『文明の衝突』(サミュエル・ハンチントン)“The Crash of Civilizations and the Remaking of World Order”Sammuel P. Huntington
●英文全部を載せて、和訳を入れたほうがいいときは、そうしています
 “I know human beings and fish can coexist peacefully.”(人間と魚は、平和的に共存できる)
     ――ブッシュ大統領のナンチャッテ・スピーチ
 “The art of democracy is ability to recognize the common good.” (民主主義の根本は全体の利益を考えられる能力にある)
     ――英語のメッセージとして価値がある文
 “Money talks”(カネがモノを言う)
     ――英語の格言
●カタカナ化した和製英語には、なるべく正しい英語をつける
【例】リストラ personal downsizing
   メーカー manufacture(製造業の場合)
   スピードダウン slow down
   ゴール finish line
   プリント handout(資料という意味の場合)
   キャリア・アップ climb a ladder
●時代のキーワードのようなものには、極力入れるようにしています
【例】鳥インフルエンザ bird flu
   狂牛病 mad cow disease
   大量破壊兵器 weapons of mass destruction
   派遣社員 temp (temporally worker)
   ケータイ cellular phone (cp)
●概念(concept)を表わす言葉にはなるべく入れる
 従来の日本語では、こうした言葉はほとんど漢語ですが、今後は英語化したほうが思考の幅が広がると考えています。
【例】 文化 culture
    歴史 history
    人権 human rights
    民主主義 democracy
●歴史的イベントにはなるべく入れるようにしています
【例】 日露戦争 (the) Russo-Japanese War (1904-1905)
    冷戦 (the) Cold War
    大恐慌 (the) Great Depression
    日米交渉 US-Japan talks
●英語と日本語のギャップがある言葉には、それにふさわしい英語を入れることがあります
【例】黒幕 the man behind the screen, power broker
   密約 under the table
   お人よし honesty naive
   口利き mediation
   見当違い look who’s talking
●人名表記(外国人名)の場合
 だいたいが、英米のメディアの表記に合わせて入れています。また、歴史的な人物には( )内に生没年を入れるよう心がけています。
【例】 コンドリーサ・ライス大統領補佐官 National Security Advisor, Condolezza Rice
    フランクリン・ルーズベルト大統領 Franklin Delano Roosevelt (1882-1945)
 以上、あくまでも原則的な考え方ですが、なるべくこの方法を尊重しています。

4.中国語の表記 

 ペーパーバックスシリーズでは中国に関する本も多く出しています。そのような本では、とくに中国の固有名詞(人名、地名、企業名)などに、各 章の初出時にかぎり、( )内に簡体字による表記とピンインによるアルファベット表記も併記しています。また、できるかぎり、中国語発音に基づいてカタカ ナでルビを振っています。
【例】  胡錦濤(胡(フー)锦(ジン)涛(タオ):Hu Jintao)
     蘇州(苏(スー)州(ジョウ):Suzhou)
     ハイアール(海(ハイ)尔(アル)集(ジ)团(チュアン):Haier Group)
 現在の日本では、中国の固有名詞には、日本の漢字読みでルビ(主にひらがなルビ)を振ります。しかし、これをすると、たとえば、蘇州は「蘇 (そ)州(しゅう)」とルビを振っているのに、上海を「しゃんはい」とルビを振る説明がつきません。そこで、上海を実際の中国語の発音に合わせて「上海 (シャンハイ):Shanghai」とするように、蘇州も「苏(スー)州(ジョウ):Suzhou」とするのが、多文化主義の立場です。とくに固有名詞に いたっては、実際にその国の言語で表記・発音されているのをそのまま尊重すべきと考えます。
 たとえば、私たちは、中国人が「東京」を「东京」と書き、中国語読みで「ドンジン」と発音することを許容できますか? つまり、「蘇(そ)州(しゅう)」(「北京(ぺきん)」にしても「広州(こうしゅう)」にしても同じこと)というのは、日本語の言語空間だけに存在し、実 際の世界には存在しないわけです。
 これは、私たちが欧米諸国の固有名詞をその国の言語の発音を基にしてカタカナで表記することと著しく矛盾します。
 したがって、上記のような表記とルビを採用することを心がけました。