メディアの未来[009]電子書籍は救世主。では、なぜ日本で普及しなかったのか? 印刷

ブックオフも怖くない、一石二鳥、三鳥の電子書籍

 前回書いたように、ブックオフの株式を講談社など出版大手3社と大日本印刷が収得したことは、出版物の二次流通が脅威だったからである。じつは、出版社に務めながら、私もブックオフには大部お世話になってきたから、ブックオフのビジネスを非難するのは気がひける。
 しかし、新刊本が1週間もしないうちに棚に並び、それも廉価で手に入るのだから、既存出版社にとっては、ブックオフは本当に悩みの種だった。

 そこで、考えるのだが、ならば、電子書籍は救世主ではないだろうか?
 なぜなら、これは古本にできない。二次流通など起こりえない。しかも、印刷・製本コストも流通コストもかからない。
 まさに、出版業界としては、一石二鳥、三鳥ではないだろうか?

 ところが、電子書籍はまるで普及しなかった。電子新聞も同じで、まったく普及しなかった。そのせいで、出版界も新聞界もデジタル化に遅れをとって、現在の惨状を招いてしまった。
 ではなぜ、日本では電子書籍が普及しなかったのだろうか?


 
アマゾン「Kindle」(キンドル)はどんどん進化している



 すでに、アメリカではアマゾンが2007年に「Kindle」(キンドル)を出し、そこそこの成功をしてきている。この「キンドル」は、今年になって進化し、2月には「キンドル2」が発売された。
「キンドル2」の厚みは「iPhone」の上をいく0.36インチ(0.91センチ)で、ディバイスとしてしてはさらにポータブルになり、スクリーンも「キンドル1」よりクリアだという。
 アメリカの知人に聞くと、「ページめくりも早くなった。それに、ダウンロードできる本の数も23万冊と増えた。新聞も読めるわけだし、けっこういけるんじゃないか」と、評判は上々だ。

 そして、この夏には、「キンドル」の新モデル「キンドルDX」(Kindle DX)も登場する。こちらは、9.7インチの大画面が最大の特徴で、雑誌・新聞対応型であり、すでに全米で約50の新聞・雑誌がキンドルDXとの提携を発表している。

 ただ、この「キンドル」の可能性については、次回に書く。今回は、ともかく、「なぜ、日本では電子書籍が普及しなかったのか?」について振りかえり、将来の本のあり方を考えてみたい。



「中身検索」猛反対でわかった出版人の無知と無理解



 日本で電子書籍が普及しなかった理由はいくつもある。端末自体の問題、利便性の問題、習慣性の問題などがだが、それ以上に、私が最初にあげておきたいのが、出版界の無理解である。
 つい2年ほど前、アマゾンが書籍の「中身検索」というのを始めた。これは、ウエブ上での「立ち読み」サービスで、リアル書店で行われているのと同じように、ウエブ上でも中身の一部を読者に見られるようにすれば売り上げ向上につながるのでは考えられた。

 ところが、当初、このサービスにほとんどの出版社が反対した。私が勤める光文社も、まさにそう。こういった案件を扱う編集・出版総務部門が、「それは著作権の侵害になるし、もし、そのサービスが拡大すれば、最終的にコンテンツをアマゾンに取られてしまう」と、猛反対した。この見解に、上層部も同意(というか、おそらく判断するのが面倒で)して、アマゾンの要望は拒否された。

 私は、まったく逆の見解だったが、社としてそうなら従うしかなかった。しかし、その後、アマゾン側と編集部として単独で交渉して、ペーパーバックスの中身検索のOKを出した。もちろん、著者には相談し、反対する著者のものはOKしなかった。
 ただ、その後、ペーパーバックスのサイトを起ち上げたので、アマゾン以上に踏み込んで、いまでは「まえがき」はすべて公開してしまっている。

 この一件でわかったことは、編集者のウエブに対する無理解と、多くの出版人がなんとウエブを敵対する媒体と考えているということだった。要するに、「ウエブに載るだけで不愉快」「ウエブにやられるのは困る」「ウエブなんかには活字をちゃんと読む読者はいない」などと、言い出す人間があとを絶たないのである。



なぜ、不振にあえぐ日本の出版社は消極的なのか?


 このことは、じつはいまでも続いていて、グーグルの「ブック検索」若い訴訟が日本で大問題になったのも、日本の出版人の無理解と紙至上主義にあると言えるのだ。

 ここで、ペーパーバックス・シリーズの著者でもあるKDDI総研リサーチ・フェロー、小林雅一氏が、『YOMIURI PC』(2009年2月号)に書いた記事を掲載した。タイトルは「国内でも広がる本の中身検索」で、彼の見解は、私と同じだ。
                

                    (以下記事引用)

            国内でも広がる本の中身検索

 
 インターネットで書籍の本文を検索・閲覧するための「内容検索」サービスが、徐々に普及してきた。最も広く使われているのは、Googleの「ブック検索」やAmazonの「なか見!検索」など。

 特にグーグルのサービスはAPIを公開しているので、一部ブロガーが気に入った書籍を紹介するために、ブログ上に「ブック検索」の機能を貼り付けて利用している。また紀伊国屋書店も、この11月から、「ブック検索」をオンライン販売用のウェブサイト上に貼り付け、一部書籍のプレビュー機能を提供している。


少ない「ブック検索」に対応本

 とはいえ書籍の内容検索は、まだ普及の緒に就いたばかり。例えばグーグルが「ブック検索」サービスを、日本で開始したのは2007年7月。これに対し当初、出版社の間には「本の中身をつまみ食いされ、買われずに終わってしまうのでは」という懸念が強かった。その意識はいまだに根強く、日本の書籍全体のうち、「ブック検索」に対応している本は、「まだ非常に少ない」(グーグル ストラテジック パートナー デベロップメント マネージャーの佐藤陽一さん)のが実態。アマゾンの「なか見!検索」も同様だ。

 これはアメリカの状況と対照的。同国では「ハリー・ポッター」のようなごく一部のメガヒット作品を除き、圧倒的多数の書籍が内容検索に登録している。この背景について佐藤さんは「アメリカの出版社も最初は日本と同じ懸念を抱いた。しかし(米国での)サービス開始から4年以上が経過した今では、ほぼすべての出版社が異口同音に『ブック検索に本を出したことで、売り上げが阻害されたケースは1件もない』と述べている。(ブック検索は)むしろ読者が本の存在を知るための、最初の情報源として認知されるようになった」と語る。


拙速な導入方法に反発


 年間8万点以上の新刊が出る日本でも、その大部分は読者の目に触れることなく、書店から消えていく。それらが読者の目に留まるために、内容検索は最適な手段といってもいい。実際、サイモン&シュースターなど米国の大手出版社は「自分たちが出している本の99%は、(内容検索によって)必ず誰かが見にくる」という調査結果を公表している。

 それなのに当初、これが出版社や著者の反発を買ったのは、グーグルの拙速な導入の仕方にあった。ブック検索の前身である「グーグル・プリント・ライブラリー・プロジェクト」は、大規模図書館の蔵書をスキャンして、それを全文検索可能にするところから始まった。ところがその際、グーグルが「出版社からの承諾の有無を問わず、図書館の蔵書をすべてデジタル化する」と表明したため、米国の作家組合らが著作権侵害に当たるとして、05年に提訴していた。結局、グーグルは08年10月、大手出版社5社などに総額1億2500万ドルを支払うことで和解に達した。グーグルは現在、出版社や著作権者の許可を得て、ブック検索に本を登録している。

 このようにグーグルには「とりあえずサービスを開始して、もしも社会との摩擦が生じた場合には軌道修正する」という姿勢が目立つ。出版業界が懸念を抱いたのはそのためで、書籍の内容検索自体に問題があるわけではない。不振にあえぐ日本の出版業界も、もっと積極的にこれを活用するのが得策だろう。

                        (記事引用終わり)

出版社がまともにコンテンツを提供しなかった

 小林雅一氏が「不振にあえぐ日本の出版業界も、もっと積極的にこれを活用するのが得策だろう。」と述べているように、私も、そうすべきだと言いたい。しかし、いまだに、どの出版人もそんなふうには思っていない。 
 とくに、この傾向は年を取った出版人ほど強く、出版社がデジタル化に乗り遅れたのも、元をたただせば、彼らが新しい時代に無理解だったからである。

 結局、電子書籍というのも、この「中身検索」と同じように、出版界からは毛嫌いされた。
 したがって、なにが起こったかというと、家電業界がいくら電子書籍端末をつくっても、出版社がまともにコンテンツを提供しなかった。もちろん、日本の電子書籍端末は各社バラバラで、採用した方式も違っていたことも普及しなかった原因だが、やはり最大の原因は、コンテンツ数が少なかったことにあると思う。

 こうして、電子書籍リーダーは10年以上前からいくつも製品が出たにもかかわらず、日本では一つとして成功しなかった。そのなかには、大手書籍チェーンが鳴り物入りで提携を組んだ製品もあった。しかし、結局は、コンテンツ不足で、ユーザーに買いたいものを提供できなかった。
 結局、日本の電子書籍市場は、いまもコンテンツ不足だ。



各社が独自形式にこだわって壊滅した電子書籍ディバイス



 そして、次の大問題は、やはり、利便性だ。コンテンツが少ないうえに、ユーザーにとって使いにくいとなれば、けっして普及しない。
 書籍のデジタル化も音楽のデジタル化も、ほぼ同じ時期に技術的に可能になった。そして、音楽の方はMP3を経て「iPod」の登場で、一気に市場が広がった。
 しかし、日本の電子書籍ディバイスは、各社が独自形式にこだわって、壊滅してしまった。

 ソニーの「LIBRIe(リブリエ)」やパナソニックの「ΣBOOK(シグマブック)」とも、独自形式にこだわりすぎた。BBeB形式やシグマブック形式という、PDFに対応しないばかりか、一般的なテキストの主流である青空文庫形式テキストファイルにも対応していなかった。
 私はこの分野の専門家ではないので、詳しくはわからないが、「独自技術を使うより、たとえば、すでに普及しているAdobe Readerでも読めるAdobe eBook形式などを使う方がよかった」と、メーカーの人間から聞いたことがある。

 ただし、ソニーの「LIBRIe(リブリエ)」は国内では販売を止めたが、姉妹機であるSony Reader(ソニーリーダー)は、まだアメリカでは販売されている。もちろん、アマゾンの「キンドル」には及ばない。
 しかし、販売を日本のように止めないのは、アメリカでは、じきに電子書籍市場が、デジタル音楽市場と同じように整備され、一気に拡大していくと考えられているからだ。



近未来の読書スタイルから見えてくる書籍市場



 ここで、将来(といっも数年もかからない未来)の書籍市場を思い浮かべると、紙の本がなくなるとは言えない。パピルスが登場して以来5000年も続いた強力なディバイスが、あっという間になくなるわけがない。
 しかし、読書というスタイルの主流が、紙から電子ディバイスに移っているのは間違いない。

 私たちの多くは、キンドルのような電子ディバイスの画面で読書するようになっているはずだ。書店で本を探すのではなく、ネット上で探してダウンロードし、それを電子ディバイスに取り込む。こうして、いったん取り込んだ本は、PCでもケイタイにも移行が可能で、好きなときに好きな場所で読書できるようになっているだろう。

 もちろん、印刷された本が欲しいという場合もある。ただし、この場合も書店に行くのではなく、出版社のサイトなどからデータをダウンロードし、それを印刷会社に送れば、製本されて配達されてくるということになっているはずだ。
 また、その本を独自にカスタマイズし、自分だけのオリジナルにすることもできるだろう。



出版社は一刻も早く自社コンテンツをデジタル化すべき


 すでに電子書籍の市場環境は、日本でも整っている。あとは、アメリカのようにやるだけなのだが、いまのところ、誰もやろうとしていない。技術的には、適切なファイル形式に対応し、適切な仕様を満たし、適切な管理ソフトを備えた電子端末をつくり、コンテンツを揃えればいいだけだ。

 では、なぜやらないのかと言えば、各メーカーと紙媒体の間を調整する人間がいないからだろう。また、権利関係を統一したり、現行の電子書店との利害を調整したりする人間もいないからだ。
 また、ここまで書いてきたように、出版社が無理解、及び腰で、将来に対して消極的なせいもある。

 現在、どの出版社も急速に売り上げを落とし、慢性赤字に悩んでいる。ならば、ここで思い切りデジタルに舵を切り、自社の持つ書籍、雑誌をできるかぎりデジタル化してしまうべきと、私は思う。
 現在のところ、過去に発行した書籍や雑誌のすべてをデジタル化して持っている出版社など、いまの日本には一社もない。だからこそ、猛スピードこれをやるべきだ。

 毎月億単位の赤字を出している大手出版社なら、その赤字を有効に使うためにも、社員の半分を投入してでも、向こう1年間ぐらいで、自社のすべてのコンテンツをデジタル化してしまう。それが、いまやるべき第一歩である。
 そうしないと、グーグルやアマゾンがこれをやってしまうに違いない。そのときは手遅れではなかろうか?