[015]グーグルが独占する書籍デジタル化とコンテンツの未来 |
2009年4月8日 ソニー(SNE)がグーグルと提携し無料書籍50万冊配信 引き続き、グーグル「ブック検索」訴訟和解後の未来について考える。 まず、この問題が日本で波紋を広げているとき、 アメリカでは、ソニー(SNE)が、3月19日、同社の電子書籍端末「ソニー・リーダー」で利用可能な書籍を、現在の10万冊から大幅に増やすと発表した。 これは、グーグルと提携して行うもので、今後、50万冊もの無料書籍を投入していくという。 前回のブログでも触れたように、グーグルは、「ブック検索」向けのプロジェクトとして、すでに700万冊もの書籍をスキャンしてデータベース化している。今回のソニーとグーグルの提携の詳細は不明だが、グーグルの発表によれば、ソニー・リーダー向けの書籍は今後さらに増やす予定で、スキャン済みの作品のなかから、著作権が消滅しているもの(古典を中心に100万冊)を提供するという。 となれば、これに、今回の和解の結果により、アメリカ国内で絶版と認定された書籍も、いずれ加わるだろう。もちろん、著作権があるものは有料ダウンロードとなる。 アマゾン「キンドル」は「キンドル2」でさらに進化 それはともかく、このソニーとグーグルの提携でいちばん衝撃を受けるのは、アマゾンである。すでにアマゾン・ドット・コム(AMZN)は、「ソニー・リーダー」をしのぐ電子書籍端末「キンドル」(Amazon Kindle)を2007年末に発売しており、2009年2月14日には、鳴り物入りで「キンドル2」を発売したからだ。 私は、最初の「キンドル」が発売されたとき衝撃を受け、日本のアマゾンに頼んで実物を見せてもらったことがある。その後、アメリカで実際に使っている現場を見たが、これは使いようによっては画期的なメディアだと思った。 アメリカでは、新刊書籍のハードカバーは日本よりはるかに高く、27、8ドルはする。そして、デジタル版の定価は20ドルに設定されている。それをソニー・リーダーのオンラインストアは、ベストセラーに限って16ドルで売っていた。 そこに、キンドルが登場し、ソニーのオンラインストアが売っていたものを9.99ドルにしたうえ、ニューヨークタイムズなどが無料で読めるようにしてしまったのだから、ソニーの劣勢は明らかになった。 その「キンドル」が「キンドル2」で、さらに進化した。最初のバージョンから比べると、デザインもよくなり、軽量でコンパクトになった。また、厚さも薄くなり、スクリーンも明瞭になった。ダウンロードできる書籍数も当初の10万冊からずっと増えて、23万冊になった。 また、今後のサービスとして「キンドル2」で買った本は、いずれほかの携帯デバイス(たとえばiPhoneなど)で読めるようにするというのだから、ジェフ・ベソフとしてはしてやったりと思っていたはずだ。 しかし、そこにグーグルの巻き返しである。すでにグーグルは、「ブック検索」にあるデジタル書籍で著作権侵害問題のないものを、iPhoneやグーグルが開発したアンドロイド・プラットフォームのスマートフォン用に公開すると発表していたが、さらに、ソニーとも提携したのである。 そして、今回の「ブック検索」訴訟の和解が成立すれば、そのストックの多さからいって、アマゾンはまったく歯が立たなくなると思われる。もはや、書籍のデジタルデータベースをグーグルが独占するのは、間違いない。 著作権ができた当初からパブリックドメインはあった そこで、ここで、グーグルのような一私企業が、書籍のような人類の公共財を独占していいのか、文化史的に考えてみたい。どんな考え方に照らしても、近代の民主主義社会では、公共財の独占は許されない。公共財というより、英語でパブリックドメイン(public domain)としたほうがいいが、それは、“Free to All”(万人に開放)されていなければならない。 だから、著作権というのは、著作者(クリエーター)のクリエイティブな活動を保護しながら、なおかつ、それを実現させなければ意味がない。つまり、著作者の権利ばかり守るのが、著作権の本当の主旨ではないのだ。 著作権の誕生は、1709年にイギリスで誕生した「アン法」(アン王女の法律)とされるが、この法では、著作権の有効期間(著者の死後14年、1回のみ更新)が初めて設定された。 その後、これは28年になったが、現在から考えると、短いと思われるだろう。 「アン法」の目的は、それまでの出版社がもっていた絶大な力に制限を加えることにあったが、一方で「教育を鼓舞する」こともあった。つまり、教材としてのパブリックドメイン的な考え方が、すでにこの時代からあったのだ。 しかし、商業主義全盛のいま、アメリカでは、著作権は著作者が存命中存続し、さらに没後も70年間続く。これは、1998年のソニー・ボノ著作権延長法(別名「ミッキーマウス法」)が成立したからだ。これで、パブリックドメインになるところだったミッキーは、さらに20年間ディズニーが独占することになった。 優先されるべきは個的利益よりも公共の利益 アメリカ合衆国憲法、権利章典(Bill of Rights)修正第1条(Amendment I) は、「信教、言論、出版、集会の自由、請願権」を述べているが、そのくだりは、次のようである。 《合衆国議会は、国教を樹立、または宗教上の行為を自由に行なうことを禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、ならびに、市民が平穏に集会しまた苦情の処理を求めて政府に対し請願する権利を侵害する法律を制定してはならない。》 ここにある「言論または出版の自由を制限する法律」に、ミッキーマウス法が抵触するかどうかは、解釈の分かれるところだが、その期間の長さからいって、明らかにパブリックドメインを無視していないだろうか? いずれにせよ、著作権というのは「一定期間」のみしか認められず、「学術および技芸の進歩」「文化の発展」などという上位概念の下に位置しなければならない。 つまり、著作権者は、その創造的活動の結果産み出したコンテンツに関して、正当な報酬を獲得する権利はあるが、優先されるべきは個的利益よりも公共の利益である。 ブロードキャスティング・モデルの衰退が招くこと さて、ここで話は飛躍するが、現代は、著作権者が受難の時代である。それは、インターネットの登場により、それまでのブロードキャスティング・モデルが通用しなくなったからだ。 ブロードキャスティング・モデルというのは、誰かがコンテンツ(出版の場合は本)をつくり、それをマーケットに流すことで広まっていくというかたちだ。つまり、発信源は1点であり、到達点が多数であるという構造になっている。既存メディア、出版も新聞もテレビも、すべてこのかたちである。 しかし、インターネット(ウェブ)のなかでは、複数の送り手から複数の受取り手に情報が行き交い、ウェブの進展により、このかたちがさらに複雑化してきている。これがネットワーキング・モデルであり、デジタルコンテンツは、このネットワークのなかに存在する。 では、このようなネットワーキング・モデルが主流になると、なにが起こるだろうか? それは、前述した著作権の崩壊であり、さらに出版や新聞などの紙媒体の崩壊、ひいては、そうしたものを伝達するための流通制度までが、崩壊する。 著作権者(クリエーター)の生活は苦しくなるばかり 簡単に言うと、ネットの世界は、たいてのコンテンツがタダである。グーグルは、現在のところ、100万冊のパブリックドメイン書籍をフリーにしている。これは当然だが、今後、その数はどんどん増えるだろう。これも当然だ。 となると、ますます、ネット上のコンテンツはフリーということになり、これに、ファイル交換ソフトやYouTubeなどの進展が加われば、たいてのものは無料で手に入れることができるようになる。 実際、いまや違法コピーはし放題で、ブロードキャスティング・モデルが提供する、本、CD、DVD、ゲーム、ソフトウエアなどに、おカネを払う人間は少なくなった。 中国に行けばわかるが、日本でン十万円するAdobeのソフトなど、たったの100円か200円である。 これでは著作権者(クリエーター)はたまらない。しかし、一般大衆はそんなことには無頓着で、キチンと買えば高価なコンテンツを、いかにタダで手に入れるかに熱中し、それが、なにを招くかにには関心がない。つまり、それは、著作権者にはおカネが入らないということであり、その結果、「学術および技芸の進歩」「文化の発展」もなくなってしまうということだ。 すでに、レコード会社にも映画会社にもアニメ・プロダクションにもゲームメーカーにも、以前ほどのおカネが入らなくなり、著作権者(クリエーター)の生活は苦しくなっている。 これまで著作権者は20世紀型大衆文化でオイシイ思いをしすぎた しかし、私は、これは仕方がないと、最近思いはじめた。というのは、デジタル化というのは誰でもコピーができるということであり、いまのデジタル技術では、コピーとオリジナルの差などないからだ。そして、これまで著作権者は、ブロードキャスティング・モデルが発展した20世紀型大衆文化にあぐらをかいて、オイシイ思いをしすぎてきたからだ。 はたして、20世紀に大量生産されたコンテンツが、どれほど、「学術および技芸の進歩」「文化の発展」に役立ったかは、誰も検証できないだろう。 カメラマン、デザイナーはもう必要ない 著作権ができる以前、著作権者たち、つまり、作家や画家や音楽家は、どのように生活をしていたか考えてみればいい。本を書き、絵を描き、曲をつくり、歌を歌うだけで暮らせただろうか? まして、自分のことで恐縮だが、職業ジャーナリスト、職業エディターなどいなかった。 20世紀の大衆文化は、ブロードキャスティング・モデルによって大発展し、それを支える多くの職業を生みだした。しかし、いまやネットワーキングの時代であり、そういう人々の多くは必要なくなった。 カメラのシャッターを押す技術(言い過ぎか)だけで、有名カメラマンとなると高額のギャラをもらった。しかし、いまやデジカメ写真とPhotoshopがとって代わった。商業デザイナーは、字体や色を決めレイアウトするだけで、多額のギャラを手にした。出版でいえば、たかがカバーデザインをするだけで、1冊100万円ものギャラを取るデザイナーもいた。しかし、illustratorやIndesignがあれば、そんな人間は必要ないのだ。 職業的クリエイターを続けたいななら今後は、スポンサーを探せ もう、いい加減、旧来の商業メデイアのなかでの、プロごっこは止めるときにきている。ニセモノのプロに高いおカネを払う必要はない。すべてのクリエイターが一律同じ著作権を持ち、それを主張する時代は終わったと思うべきだ。 ネットは、その点、公平だ。99%がクズコンテンツ、コピーであろうと、みな、おカネにならないのにやっている以上、本当の才能ある者が生き残るはずだからだ。 あるいは、資金が続く者、時間がある者だけが、生き残る。 もう一度、自分の職業でいえば、この先、ブロードキャスティング・モデル内において、旧来の職業エディターが生き残るとは思えない。同じく、職業記者や職業ライターも生き残らないだろう。作家も同じだ。結局、職業的クリエイターを続けたいななら、今後は、スポンサーを自分で探し、その援助のもとに、音楽、文学などの芸術活動からジャーナリズムまでをやるしかないだろう。 著作権のない昔は、そうだったのだから、これは荒唐無稽な話ではない。その結果、「学術および技芸の進歩」「文化の発展」が衰退するとは思えない。 以上が、グーグル「ブック検索」訴訟に端を発した問題に対する、私の「とりあえずの見解」だ。いつも思うが、時代はどんどん先に進んで行く。しかも、そのスピードが増している。そして、1度進んだら、もうあとに戻ることはない。 |
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