[217]「アマゾンに怒る日本の出版社」(産經記事)に、本を書く側として思うこと |
2014年 11月 07日(金曜日) 22:56 |
11月7日の産經新聞に、『「Amazonが牙をむいてきた」怒る日本の出版社 契約内容で各社を“格付け”、Amazon優位に懸念』という記事が掲載された。 書いたのは海老沢類記者で、私のコメントも載っている。そこで、この記事が投げかけている問題を考えてみたい。 「アマゾンと出版社の対立」は、現在、各国で起っている。 アメリカでは、すでにアシェットおよびオーサーズギルト(作家連合)がアマゾンと対立している。また、フランスやドイツなど、欧州でも同様の問題が起っている。 これは、書籍流通をアマゾンに独占されると、いずれ出版社も著者もアマゾンの言いなりになるになるほかなくなるのではないかという恐怖感があるからだ。
■アマゾンによる出版社の格付けで起ること
日本ではまだこうした動きは一部だが、今年の夏、アマゾンが出版各社に契約をもちかけた電子書籍販売の「優遇プログラム」は、出版界に大きな波紋を巻き起こした。 これは、アマゾンが各出版社をランク付けし、それによって契約内容を変えるというプログラムだ。アマゾンは、電子書籍の品ぞろえや販売手数料の多寡などをもとに契約社を、上からプラチナ、ゴールド、シルバー、ベーシックの4ランクに分けた。 そして、このランク付けによって、各出版社と契約したうえで、セールやプロモーションに格差を付けるとしたのだ。つまり、プラチナ格付けの出版社は優遇され、下位格付けだと上位格付けより冷遇される。また、この格付けに同意して契約しないと、下位格付けの社にはセールスデータが公開されないこともある。 そこで、なにが起るかというと、上位格付けの社の電子書籍は売上を伸ばせるが、下位付けの社の電子書籍は売上を伸ばせないという2極化だ。
■アマゾンのビジネスは不当ではない
この2極化がどう進むのかは、正直、わからない。ただ、2極化が予想以上に進むと、常にアマゾンに有利な条件で契約しないと、電子書籍の販売が厳しくなるのは間違いないだろう。 つまり、これは出版社にとっては、死活問題になる。 なぜなら、もはやアマゾンは事実上、出版流通をほぼ独占しているからだ。アマゾンに代る電子書籍プラットフォームは存在しないので、ますます出版各社のアマゾン依存が進み、競争力のない社から脱落していくはずだ。 しかし、このことを流通ビジネスとユーザー側から考えると、アマゾンがやっていることは批判されるようなことではない。 なぜなら、アマゾンは独占によって価格をつり上げているわけではないからだ。むしろ、キャンペーンなどを繰り返し、電子書籍の価格を安くしてきた。だから、ユーザーにとっては、アマゾンのビジネスは大歓迎と言っていい。価格カルテルを結ぶことを禁止している「独占禁止法」にも触れない。 そこで、次のような意見が出る。 「顧客をランク付けして条件を変える。そういう契約をすることは、どんなビジネスでも当たり前のこととして行われている」「自社に有利な条件で契約してくれた会社の商品を優先的に販売・プロモーションすることのどこがいけないのか」「家電やスーパーなどでは、アマゾンがやっていることは当たり前。出版社は甘えすぎだ」 たしかに、その通りである。ただ、私としては釈然としない。
■電子出版では紙出版ほどの収入は得られない
そこで、立場を変えて、一人の作家、本を書いてそれで生計を立てている人間として考えると、やはり、アマゾンのやり方には違和感を覚える。 なぜなら、作家はこれまで出版社を含む紙メディアを通して、原稿料や印税をもらってきたのであり、その原稿料や印税が、アマゾンのような流通を独占する企業によって著しく低下する事態が起っているからだ。 たとえば、作家が出版社から紙の本を出した場合、受け取る印税は、本の定価×刷り部数×印税率(定価の10%)である。定価1000円で刷り部数1万部なら、100万円ということになる(便宜的な計算)。 しかし、これをアマゾンで直接電子出版するとなると、電子書籍は再販商品ではないので、定価をつけることはできない。また、電子書籍の値段は、よくて紙書書籍の7掛け以下なので、仮に500円としてみると、1万ダウンロードされた場合、どうなるだろうか? アマゾンは最大で売上の70%しか払ってくれないので、500円×1万×0.7=350万円となるが、実際はこんなことは起こらない。せいぜい1000ダウンロードだから、収入は35万円となり、紙の場合の収入の約3分の1になる。しかも、アマゾン以外の電子書店にも出したら、売上印税はがくんと下がる。 さらに、紙の場合は売れても売れなくても刷り部数で支払われる(そうでないこともある)が、電子書籍は売上げでしか支払われないので、売れなければ、収入は限りなくゼロになる。ちなみに、現在、紙を出してそれが電子化された場合、作家がアマゾンが出版社に支払う販売売上から受け取る額は、多くて総売上の2割である。
■アマゾンはコンテンツづくりには不熱心
つまり、仮にこの世の中に電子書籍しかなくなれば、多くの職業作家が消えていくのは間違いない。作家も2極化が進み、紙の世界でなら存在できた職業作家は、かなりの数が生活できなくなる。同じく、出版社も消えていく。 これまで紙の世界で作家が生計を立てられたのは、雑誌等の原稿料、書籍による印税収入、それに副産物として映画やドラマの原作料、講演会による講演会料等の収入があったからだ。 しかし、電子の世界では、副産物は別として紙のような収入は得られない。アマゾンは、この問題を解決してくれない。 アマゾンは、コンテンツを自ら生み出すことに熱心ではないし、また、それに本気で投資しようとはしていない。最近は、KDPによるダイレクト出版を既存作家に持ちかけているが、それでも出版社のように作家を直接的に支援しようとはしていない。
■出版でリスクを取ってきたのは出版社
既存の紙の出版社は、再販制度と流通に守られていたとはいえ、これまで大きなリスクを取ってきた。それは、作家に取材費を提供したり、印税の先払いで生活費を与えたり、さらに編集者をつけて作家を育てたりしてきた。 そのうえ、本を出せば、その広告を新聞等に出し、書店に販促部員を派遣して、広告宣伝・販促を行ってきた。 しかし、アマゾンは、作家に取材費を提供するわけでもなく、作品完成にはなんら関与もせず、他メディアに広告するわけでもなく、単に商品を仕入れて自社プラットフォームでプロモーションするだけである。それで、流通マージンを最低30%も持っていく。 これでは、どんな出版社も作家も釈然としないだろう。しかも、彼らは顧客データを独占して、契約しないと、それを提供してくれない。
■アマゾンは出版にどんな貢献をしているのか?
電機業界では、自社で技術を開発し、それを最終製品に仕上げる総合メーカーは、その多くが没落した。そして、いまや、ファブレスが全盛だ。しかし、そのファブレスといえども、自ら製品の設計やマーケティング、販売などを行っている。しかし、アマゾンは単に完成されたコンテンツを仕入れてネット販売しているだけである。 彼らはいったい、この世界にどんな貢献をしているのだろうか? モノをできるだけ安く即座に消費者に届ける。流通の役目・サービスとしては消費者に最大限の貢献をしているが、それだけではないのか? そのアマゾンが、一つのコンテンツの売れ行きを左右し、そこから、それを生み出した作家や出版社以上の配分を受け取るのは、やはりおかしくはないだろうか? オンラインによる流通の構造は、やはりどこか間違っている、不平等だと私は思うが、どうだろうか。 しかし、これを解決する名案は、いまのところどこにもない。
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