[372]「mRNAワクチン」の生みの親カタリン・カリコ博士の物語。 |
2021年 6月 30日(水曜日) 22:03 |
しかし、彼女がいなければ、「mRNAワクチン」は誕生しなかった。彼女が、人類を救ったと言っても過言ではない。 そう思ったので、今週のメルマガに、彼女のストーリーを書いた。欧米メディアをあたり、それらをダイジェストするかたちでまとめた。
■半世紀前に確認されたmRNAの存在
次は、メルマガに書いた内容のダイジェスト。このブログでも書き留めておきたいと思ったので、まとめてみることにした。
mRNAの存在は、半世紀前から知られていた。最初に指摘したのは、フランス人の生物学者ジャック・モノーとフランソワ・ジャコブだった。2人は1965年にノーベル生理学医学賞を受賞している。その後、この研究を引き継いで、アメリカの遺伝生物学者のマシュー・メルセンが、mRNAの存在を実証した。 彼らの功績は、DNAに書かれた情報がmRNAを介してタンパク質の合成にいたる分子レベルの仕組みを解析したことだった。
この仕組みに注目したのが、ハンガリーの女性科学者カタリン・カリコ博士だった。彼女はこの仕組みを利用すれば、将来必ず医療に貢献できると考えたのである。
■900ポンドをぬいぐるみに隠して渡米
カリコ博士は、1955年生まれ、今年で66歳。 ハンガリーの首都ブダペストから東におよそ150キロ離れた地方都市ソルノクで生まれ、近隣のキシュウーイーサーラシュ市で育った。実家は精肉店を営んでいた。 小さいころから非常に優秀で、大学は国立ヨージェフ・アティッラ大学に進み、卒業後はハンガリー科学アカデミーの奨学金を得て、地元の研究機関の研究員となった。 ところが、研究資金が打ち切られたことから、1985年、夫と娘の3人で、アメリカに渡って研究を続けることを決意した。
当時のハンガリーは、まだ社会主義国家。そのため、通貨の持ち出し制限があった。そこで、彼女は2歳の娘のクマのぬいぐるみの中に、全財産の900ポンドを隠した。 そして、渡米後は、ペンシルベニア州のテンプル大学をへてU. Penn(ペンシルベニア大学)で研究員、助教授となり、mRNAの研究 に没頭した。
しかし、彼女の研究は評価されなかった。そのため、研究費も削られることがしばしばだった。そんななか、HIVのワクチン開発の研究をしていたドリュー・ワイスマン教授と知り合い、彼と共同で、2005年、今回のワクチン開発に道をひらく画期的な研究成果を発表した。しかし、これもほとんど注目されなかった。 こうして、2010年にはmRNAの関連特許を大学が企業に売却してしまったので、彼女の研究は事実上、頓挫してしまったのである。
■ドイツのビオンテックが研究に着目
転機は、2011年に訪れた。ドイツの企業ビオンテックが、突如として、彼女の研究に目をつけたのだ。ビオンテックの創業者のウール・シャヒン博士と妻のエズレム・テュレジ博士は、ともにトルコ系ドイツ人。2人とも医師で最先端医療の研究者だったので、彼女の研究の価値を見抜いたのである。 2人はさっそく彼女をドイツに招き、研究継続への道を開いた。mRNAは、体内で炎症反応を引き起こしてしまうため、長年、薬などの材料として使うのは難しいと考えられていた。しかし、カリコ博士とワイスマン教授の共同論文は、mRNAを構成する物質の1つ「ウリジン」を「シュードウリジン」に置き換えると炎症反応が抑えられることを指摘していた。ここに、ビオンテックは着目したのである。
■いまやビオンテックの株価は天井知らず
新型コロナウイルスの表面には「スパイクたんぱく質」(spike protein)と呼ばれる突起があり、ウイルスはここを足がかりとして細胞に感染する。mRNAは、この突起の部分のいわば「設計図」にあたり、ワクチンを接種すると、これをもとに細胞の中でウイルスの突起の部分だけが体内でつくられる。 そして、この突起によって免疫の仕組みが働き、ウイルスを攻撃する「抗体」がつくられる。 2020年3月、ビオンテックはアメリカの製薬大手ファイザーとmRNAを用いた新型コロナウイルスワクチンの開発を開始すると発表し、世界を驚かせた。それは、すべてカリコ博士の研究成果に基づくものだった。こうしてファイザー/ビオンテックのmRNAワクチンが誕生した。 2019年にナスダックに上場したビオンテックの株価は、ワクチンの成功で天井知らずになっている。
■モデルナもまたカリコ博士の研究に注目
モデルナのワクチンも、カリコ博士の研究に基づいてつくられている。 モデルナは、2010年にハーバード大学の生化学者デリック・ロッシ博士によって、ボストンで創業された。ロッシ博士は、カリコ博士の2005年の論文を読んで、即座に「これはノーベル賞に値する」と直感したという。
ロッシ博士はカリコ博士と同じく、早くからmRNAの医療への応用を考えており、MITのロバート・ランガー博士を引き入れて研究を開始しながら、資金集めに奔走した。クラウドファンディングの技法を使ったが、資金集めと経営に大きな貢献をしたのは、フランスからCEOとして招いたビジネスマンのステファン・バンセル氏だった。
モデルナは、まだワクチンを1つもつくっていないにもかかわらず、「ユニコーン」として2018年にナスダックに上場し、いまやその株価の時価総額は9000億ドル(約9兆9000億円)に迫っている。
■今年か来年のノーベル賞の最有力候補
イギリスの「ガーディアン」紙は、「研究者としての環境を求めてクマのぬいぐるみにわずかなお金を隠してアメリカに渡った研究者が、いまではノーベル賞の有力候補と言われている」と、賞賛した。
NHKのインタビューで、カリコ博士はこう語っている。 「物事が期待どおりに進まないときでも、周囲の声に振り回されず、自分ができることに集中してきました。私を『ヒーローだ』と言う人もいますが、本当のヒーローは私ではなく、医療従事者や清掃作業にあたる人たちなど感染のおそれがある最前線で働く人たちです」
現在、彼女のストーリーは多くのメディアで見聞きできる。NHKのインタビューはダイジェスト動画が配信されている。 https://www.nhk.or.jp/d-garage-mov/movie/41-524.html CNNの番組「KUOMO PRIME TIME」に出演して、人気司会者のクリス・クオモのインタビューに答える動画「Scientist reveals how she celebrated successful vaccine trials」は、CNNのサイトで視聴できる。 彼女の地元メディアの「Hungary Today」のサイトには、「Pfizer-BioNTech Vaccine Creator Karikó: Research Is My Passion, I’m Not A Hero, Healthcare Workers Are the Heroes」という詳しい記事が掲載されている。 https://hungarytoday.hu/katalin-kariko-zoran-inspiration-pfizer-biontech-vaccine-creator-klubradio/ 現在、ネットフリックスは、彼女のドキュメンタリーを製作しているという。一刻も早く見たいものだ。 |
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